第4章 最終章 
第3話 揺れる思い その1

 

 

自宅に帰った私は料理中のお母さんに晃が戻ったかも知れないと告げると、お母さんは
「良いんじゃないの」
とあっけない返事で返ってきた。普段ならここでお母さんと言い争うくらいの言葉だったのに、私にはそんな力がもうなかった。お母さんは
「今日の料理はハンバーグよ!あなた好きでしょう!今から10分でハンバーグとソースを作るから見てなさいね!」
と言ってきたがお母さんに返事はしないでボンヤリ眺めていた。
お母さんはハンバーグの具をビニール袋に入れもみ始め、それを床に置いたと思いきや足で軽く踏み始めた。まるでうどんを作る要領で袋はハンバーグの具と一緒にペタンコになった。さすがに私もそれを見ていたら
「お母さん、何やっているのよ!汚いなぁ…」
と言って母を見つめた。するとお母さんは
「どこが汚いのよ!ちゃんと袋に入っているから汚くないでしょ!こうするとね、一気にハンバーグの空気が抜けるのよ!ハンバーグで空気が入っているとパサパサにバラけてしまうんだから!わかった?」
菅野はテーブルに両肘をつきながら
「理屈は解ったけど、見ていると汚く見えるよ…」
お母さんは蓋の大きな空き瓶に八丁味噌を少し入れ、インスタントコーヒーを少々とケチャップを沢山入れ、そこに水を100程入れて蓋をし、シェークし始めた。
「なにそれ? なんかまずそう~。私、食べたくない!それになんだか食欲湧かないんだもん。お母さんは晃が消えても良い訳?」
母は袋の角をはさみで大きめに切ってフライパンにハンバーグを絞り出し、焼き始めた。
「晃さんのお話しはご飯食べながら聞くから私の料理を見てて頂戴!」
と言って、適当に切った人参をレンジで加熱しながら、ハンバーグをひっくり返し、味噌とコーヒーの入ったものを入れ蓋をした。
「この料理はね短時間で美味しいハンバーグが作れるのよ!さっきのソースはデミグラスソースに早変わりしちゃうんだから!昨日、テレビでやってたのよ!でも、家にはヤカンがないから足で軽く踏んだげど、テレビではヤカンでハンバーグのガス抜きをしたのよ。」
って自慢げにお母さんは話した。レンジがチーンと鳴ると人参を取り出し、ハンバーグの入ったフライパン中に入れて一緒に煮込んだ。
「はい、出来たわよ!お皿の用意してくれる?」
菅野はノロノロ動き出し、大きめなお皿をテーブルに置いた。そこへお母さんはフライパンを持ってきてハンバーグを移した。すると香ばしい良い香りがした。
「なんか美味しそうじゃない!」
菅野はそう言うとハンバーグを一口食べてみた。
「何これ、美味しい!お母さんの料理じゃないみたい!ソースも美味しい!味噌で味付けしたなんて解らないよ!レストランのハンバーグみたいだよ!」
お母さんもエプロンを外し 
「で、晃さんが戻ったかもって何処へ?」
お母さんは食べながら私に言って来た。私もハンバーグを食べながら
「今日、晃は昔を思い出したみたい…。そうしたら晃の声が聴こえなくなったの。きっと今頃、晃は松戸の実家で目を開けたんじゃないかなぁ…。」
話しながら食べていた海は静かにフォークとナイフを置き、お母さんを見た。お母さんはいっこうに食べるのを止めず、
「そう、良かったじゃない!きっとあんたに感謝してるわよ!」
と言った。
「お母さん、お母さんは平気なの?」
海が言うとお母さんは
「何が?」
と返事した。
私はハンバーグを一口食べるとまたシルバーセットを置いて
「だって晃はお母さんの子でもあるんだよ!」
母もシルバーセットを置いて
「どうして?」
と言って水を一口飲んだ。
「だって晃は私と一緒にお母さんのお腹の中から産まれたんだよ!だから晃は私の兄妹でもあるんだよ」
するとお母さんは
「姿形もない幽霊が産まれたって誰が親子と認める訳?戸籍もないし母子手帳もないのよ!」
私はまた食べるのを止めて
「もう良い、お母さんは冷たすぎる!晃が消える前にね、お母さんの事を本当のお母さんのように言ったのよ!私と晃は同じお腹から産まれた兄妹だよ!って」
海が話をし始めるとお母さんは自分の作った料理を食べ始め、関心度が少なすぎる母を冷たい視線で見つめ
「もう、良い!ご馳走様。ねぇお母さん!お母さんは余りモテなかったでしょう?私良かった、お母さんに似ないで。もし、お母さんに似ていたら友達いなくなっちゃうもん!」
と言って立ち上がり、椅子を元に戻し自分の部屋へと上がって言った。
お母さんは食べ残したあの子のお皿を自分のところに持って来て、独り食べ残しハンバーグを食べていた。