赤羽の街の夜も更けた楽器をケースに収めスタジオを出る
「あれ今日は遅いんですね」見慣れた愛想の良い
スタッフに伝票を渡す「帰りだよ」「入っていたんですか」
伝票を見て彼は消された機材の電源を入れに行くのだろう


OK横丁を右手にスルーして一番街へ
細く急な階段をギターケースを抱えて上がるのは一苦労だ
「いらっしゃいあらお久しぶりで」「こないだ来たら
【タイに行ってます】って貼紙があってがっかりしたよ」


「あらあれ一月前から予定貼ってたのよ見てないって事は
来てないって事よ」不義理をかわそうとしたがやぶ蛇だった
先客は二人 ボックスから静かにテレビ画面を見る男と
カウンターの隅で少年のような顔をした男が酒を舐めている


「髭伸ばしたんですか」いつもの若いバーテンが漏らした言葉で
一頻り俺の顔で弄ばれた 俺達は静かに興奮していたと思う
そうぴんきり兄弟はいつの間にか自分達に酔いしれる
出された牡蠣のソテーのような大人の味を覚えたようだ


「聞かせてよ」言わせた言葉に臆面もなく
レコーダーのイヤホンを渡す 「いいじゃない」ママは何故か
見知らね少年の様な客にイヤホンを回した「うんかっこいいですね」
そうとしか言いようがない状況下で満点回答が戻る


彼は人なつっこい笑顔で会話に絡んで来る
最後に自ら音楽をやっているバーテンにイヤホンの音は渡った
沈黙と無表情 自意識に不安が混じり早く返せとも思ってしまう
「これスタジオ撮りですか楽器増えてますね」氷の世界だ


「家内制手工業だよ」兄さんが答える「凄い進化してますね」
我々を最初に認知した彼の顔も満足げでほっとした
「歌手の方なんですか」 少年顔が我々に問いかける
「いや只のおやじバンドですよ」


(こんな時間にスーツ姿でこのバーに来る歌手なぞおらんだろ)
50点のお世辞にも満更でもない自惚れが
アーリータイムスの角を丸くして舌の上を転がって行った
良い夜だ 《ぴんきり兄弟新作今夜発表予定》である