今日から12月ですね
つつがなく幸運な日々が送れますように・・
さて
新宿区神楽坂には
牛込総鎮守である
赤城神社 があります
数年前に
境内にマンションが建つというので
どうなったのかしらと行ってみると
わぁ・・・
大きな赤い鳥居の向こうに
モダンな社殿が見えます
建築家の隈研吾氏のデザインとのことで
本殿の中も
モダンな感じです
お隣には
併設された定借地権付き分譲マンション
「パークコート神楽坂」が
そびえていますが
少し高台になった境内からは
都内の牛込の風景が見渡せます
っていうかあれあれ
ここって高台でしたっけ???
もともとは平地でしたが
この参道の下に
結婚式やコンサートなどができる
氏子参集殿を建築したために
自然とお社が高くなったようです
しかも
参道の横には
まるで学食みたいな楽しそうなCafe
「あかぎカフェ 」がありました
いわゆる参拝休憩室にあたるようですが
ご近所のフレンチレストランの
ソプラアクア さんのプロデュースだそうです
もともと神社は
人々が心のよりどころとして集まるところ
そんな意味では
とっても現代人にマッチした
新しい神社の形なのかもしれません
暗くなっても
三々五々と参拝客が訪れ
途切れることがありません
神楽坂がますます好きになりそうです(*^.^*)
※赤城神社再生プロジェクトは
三井不動産レジデンシャル㈱とともに推進
御祭神は「岩筒雄命」 ( いわつつおのみこと )
「岩筒雄命」(いわつつおのみこと)は伊邪那岐命のお子神である火の神、迦具土神よりお生まれになった神様で、千葉県香取神宮の御祭神、「経津主神」(ふつぬしのかみ)の御親神に当たらせ給い、智、仁、勇のすぐれたお力をお持ちになり、殖産興業、厄難消除、学問芸術の神又特に火防の神として高い御神徳を発揚せられます。
伝承によれば、正安2年(1300年)、後伏見天皇の創祀に際して、群馬県赤城山麓の大胡の豪族であった大胡彦太郎重治が牛込に移住した時、本国の鎮守であった赤城神社の御分霊をお祀りしたのが始まりと伝えられています。
その後、牛込早稲田の田島村(今の早稲田鶴巻町 元赤城神社の所在地)に鎮座していたお社を寛正元年(1460年)に太田道潅が神威を尊んで、牛込台(今の牛込見付附近)に遷し、さらに弘治元年(1555年)に、大胡宮内少輔(牛込氏)が現在の場所に遷したといわれています。この牛込氏は、大胡氏の後裔にあたります。
天和3年(1683年)、徳川幕府は江戸大社の列に加え牛込の総鎮守と崇めました。「日枝神社」「神田明神」と共に、「江戸の三社」と称され、この三社による祭礼の際における山車、練物等は江戸城の竹橋から内堀に入り半蔵門に出ることを許されていました。<HPより>