安倍晋三元総理の暗殺事件で、新興宗教団体『統一教会』が話題になっていますが、『そもそも宗教とはなんぞや』を考えてみたいと思います。

 現代の社会ではキリスト教、イスラム教、仏教が3大宗教と認知されていると言っても過言ではありません。

でもこれは現代の人間が勝手に宗教というものを定義し、3大宗教により人間というものが救われている、と人々の無意識に刷り込んでいるのだと思います。



 約1万2000年前のイスラエルの洞窟に、花で飾られた墓が発掘されており、おそらく4万年前の旧石器時代から古代人は亡くなった家族や友人の埋葬時に花をたむけ、魂が天にのぼり、その世界で安らかに暮らせるように祈ったものと思われます。

 

 近所にある伊達市の世界文化遺産北黄金貝塚でも5500年前の墓が発掘され、装飾品や土器などの副葬品が遺体と一緒に埋葬されてますが、おそらく花も供えられたが腐食して残っていないと想像します。
そして遺体には赤いベンガラがふりかけられ、墓の上で焚き火をし煙を空に昇らせて、家族や村人たちは亡くなった人の魂が天に昇り自然の神に召され、再生してふたたび人間の世界に戻ることを願ったのだと思われます。

 

つまり旧石器時代や縄文時代から人々は大いなる自然に感謝し、その自然に生かされる古代人が、自然を神として崇める宗教というようなものが有ったのです。
いや20万年前のアフリカ大陸に誕生したホモ・サピエンスの時代から、そのような死者を弔い花を添える埋葬の儀式があったのだと思います。
なぜならば、20万年前の人間の脳みその大きさと、現代人の脳みその大きさはほとんど違いが有りません。思考しイメージする力が有ったのです。

 

2000年前のキリストや、2500年前の仏教などが、宗教というものを創ったのでは有りません。20万年の長い人間の歴史から見ると、これらは2千年ほど前の、最近はじめられた新しい宗教の形なのです。

 

ただその古代には文字も無いし、宗教という言葉も無かったのですが、古代人や縄文人は、キリストが居なくても、マホメッドが居なくても、仏陀が居なくても、何の問題も無いし、困らないし、その当時の祭祀や呪文や呪術・祈りで十分に幸せであった事は間違いありません。

 

そういったことから私にとりましては、キリスト教もイスラム教も仏教も、新興宗教団体の「統一教会」も、統治者が支配する民衆や奴隷をまとめ統治するためのツールだと考えております。
そして現在の日本の政治の世界でも、統一教会や宗教団体が、権力などに便利に使われて来たのです。

日本の縄文時代を遡りますと、6000年から5000年前の中期が温暖で食べ物が豊富で、人口が30万人位で一番多かったのです。
4000年前から3000年前の縄文時代晩期は気候が冷涼化し、平均気温が2℃〜3℃下がりました。
その為に食べ物が少なくなり、縄文人(日本人)の人口は、10万人と激減したのです。
縄文時代 人口の移り変わり》参照



 

この縄文時代晩期に沢山の土偶(人の形の人形)が作られました。これは祭祀に使われたと考えられます。
縄文時代は奴隷が居なくて、集落の村人たちには村長のようなまとめ役はいても、比較的に対等で平等な共同関係でした。


 

兵士などの戦闘員がいませんし、外敵に備え、深い堀や高い塀のある環濠集落でもありませんでした。



 

食べ物が無くなり、人が死んでいき村人が少なくなるのを何とか止めようと、土偶を祀り、呪術師が祈祷したのではないかと言われます。

 


これは死者を弔うだけでは無く、縄文人が食べ物の少ない苦しい暮らしの中で土偶や捧げ物をし、呪術で生き残りと子孫の繁栄を自然の神に祈った宗教なのです。



3000年前から朝鮮半島から人が九州に渡った形跡が有ります。
2400年前から、韓国の釜山あたりから対馬~壱岐~九州と渡来人(弥生人)が集団で船で流入しました。

 

最初の水稲農耕が北九州で確認されたのは3000年前ですが、日本列島に渡来人が流入し弥生人が定住したのは2400年前頃と認識されています。

歴史人口学者は弥生時代の人口は60万人としております。
縄文晩期の日本の人口(北海道から九州の縄文人)が10万人ですから、朝鮮半島から九州に渡って来た弥生人の流入と稲作により、九州~四国~中国~近畿と西日本から人口が激増したことが分かります。

この九州に渡って来た弥生人社会はヒエラルキーのピラミッド型奴隷制度社会でした。
中国の魏志倭人伝などに日本の奴隷の記録が残っています。
九州には弥生人の環濠集落が沢山あり、深い堀を巡らし、高い塀を建てて、兵士がいて外敵の攻撃に備えてました。
稲作で米を蓄え倉庫に保管し、気候が悪く米がとれない時に、部族同士で殺し合い、米を強奪したのです。

 

その頂点が卑弥呼などの女王や王だったのです。
そして朝鮮半島から新しい宗教を持ち込みました。
女王の卑弥呼も祈祷の能力があり、戦や稲作・天候・水などを神に祈願しました。



 

今、紀元2400年も前から天皇家に伝わる国家神道は凄いぞ、などと有難がりますが、その原点は、この時代に朝鮮半島から渡って来た新しい宗教ではないかと思います。
戦争の神様の靖国神社など、この弥生時代に似ていると思います。

 

2400年前から朝鮮から弥生人が日本に押し寄せ、10万人だった日本人である縄文人が弥生人に駆逐され、関東・東北地方に追いやられ、弥生人が九州から関西までを制覇したのです。
後に東北の青森まで北上し制覇しました。

(宮城県多賀城は大和朝廷軍が蝦夷を攻める拠点)

 

ちなみに現代日本人のDNAの約10%が縄文人系統で、90%は渡来人系統です。
私自身もDNA検査しましたが、父親系の出身地は中国で、母親系の出身地はロシアのバイカル湖付近でした。
日本人の90%のDNAの出身地は、韓国や中国などの外国なのです。
平均的アイヌ人の縄文人系のDNAは65%くらいです。

(札幌大学 本田ゆう子教授)



 

このように、弥生時代に朝鮮半島から新しい宗教が入って来た事と、現代に問題となっている『統一教会』と、何か共通していると感じます。

 現代の宗教の多くが組織を作り、地獄や天国を語り、祟りや天罰を語り、信徒に恐怖や強い依存心を与え、金品を集め、ある意味で洗脳し、選挙では組織票として、集票マシンとなり権力などを守る部隊として機能しています。

 

ですから私たちは、科学的に理論的に宗教を理解し、理性的で合理的な判断が求められるのです。

逆に言いますと、そのような統治目的、金銭集金システム、思想刷り込みの宗教団体などに自分の清らかな魂や思想を穢されたくないと思っています。
それはご先祖様を涜したくないという強い気持ちでもあります。

自分以外の人々がキリスト教や仏教などを信じて、心が救われたり安らぐことに反対するものでは無いし、抗議するものでも有りません。

私自身も、仏教の曹洞宗の家にオギャーと生まれ育ち、子供の頃から墓参りや法要、葬式などを当たり前に何の疑問も無く暮らして来ました。
中学校から高校まで、キリスト教の学校に通い、毎日賛美歌を歌い聖書も読みました。
 それらの事が自分にとり害悪になったとは、あまり思いません。
困っている人を助けたり、正しい心を目指したり、不正に憤りを感じたりする道徳観を養われたと思います。

親戚や知人の葬儀には仏教やキリスト教の宗派を問わず参列し、焼香などをして故人の冥福を祈ります。

お寺や神社・キリスト教会を通り中に入る時など、頭を下げて黙礼しますし、それらの信徒さんにも敬意を払います。

宗教は個人個人の心のなかにそれぞれ独自のものが存在して良いものと思います。

ただ、戦争の神様を立てて、国民を戦争に駆り立てる国家宗教などは、もっての外と断固として認めていません。

宗教は多くの国民の平和と幸福を実現する為のものですし、私たちの暮らしを豊かにする為のものです。
宗教が人の暮らしを貧しくし、命や健康やその人の尊厳を踏みにじるものなら、それは宗教では無くて暴力組織・反社会的勢力です。

 

 

 

【北海道在住 峯岸清行】