それからしばし月日は流れたが、手紙の件は何の騒ぎにもならず、少将も姫のもとに通い続けた。

そして時は十二月は二十三日。

三の君の夫、蔵人の少将が、急に賀茂神社の臨時祭の舞人に指名され、北の方はその準備で大忙しになった。

阿漕にとっては蔵人の少将が舞おうが転ぼうが関係なかったが、姫がその装束の縫い物をさせられるのではないかと心苦しい思いをした。

そして言うまでもなくその予想は当たり、北の方の使いが表(うえ)の袴(はかま)の布を裁って持ってきた。

よりによって、少将が訪ねて来ているときに。

「これを急いで縫ってください、すぐ他の縫い物も来ますから。」

(そりゃ、来るわよね・・・。)

阿漕はがっくりと肩を落とした。

しかし姫は少将と一緒に几帳の裏で眠っていたので、阿漕が代わりに答えた。

「どうしたんでしょう、姫は昨夜から具合が悪くて、おやすみになっていらっしゃいます。気分が良くなられたら、申し上げておきましょう。」

そう伝えると、北の方の使いは帰っていった。

姫は使いの声で目を覚まして話が聞こえていたようで、頼まれた物を縫おうと几帳の裏から起き出そうとしたが、少将がそれを引きとめた。

「あなたがちくちくと縫い物をしている間、どうして私一人でぼんやりと眠っていられましょう。私を一人で眠らせる気ですか?」

少将はそう言って、姫を起こさせなかった。

 

「どうです、落窪姫はちゃんと縫い物をしているの?」

北の方が尋ねると、さきほどの使いのものが答えた。

「いいえ、まだ『おやすみになられています(御殿ごもりたり)』と阿漕が・・・」

「『おやすみになる(御殿ごもり)』ですって!?何で落窪なんかにそんな言葉を使うの。口の利き方がなっていないわね!私たちに使う言葉と同じ敬語を使うなんて、どういう了見なの?聞き苦しいこと!」

ひとしきり使いのものを怒鳴ると、落窪姫が言いつけ通りに縫い物をしていないと分かった北の方はフン、と鼻を鳴らした。

「お子様みたいにお昼寝ですって、落窪姫?身の程を知らないとは、情けない。」

そう言って見下すようにせせら笑った。

 

 

 * * * * *

 

 

御殿ごもる(おおとのごもる)・・・「寝る」の一番丁寧な言い方。高貴な人に使います。

父は中納言、母は天皇家の姫君。たぶん、この家の中で一番高貴な血が流れているのは、落窪姫だと思うんですけどね。

北の方はそれを知っていて、落窪姫を見下して楽しんでいるわけです。

露骨に陰険ですね・・・。

怖いです。
 

婿どのの装束をそろえるのも、妻の家のもてなしです。

もちろん、祭りの舞い手になったとあれば、目が覚めるような素晴らしい衣装を作り、晴れの舞台を飾ります。

ご馳走を与え、装束をつくり、もてなしてちやほやして婿が離れていかないようにします。

逆に言えば、少将はそんなもてなしがないにも関わらず、愛する落窪姫のもとに足繁く通っているのです。

愛の強さですね!

 

 
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