早朝、中納言は用を足しに樋殿(ひどの)に行ったついでに、落窪の娘はどうしているだろうかと思い立った。

部屋をのぞいてみると、落窪姫の身なりはなんともみすぼらしかった。

その粗末な服の上に、髪ばかりは美しくかかっているのを見て、中納言の心が痛んだのだろうか。

「何とひどい格好をしているのだ。可哀想だとは思うが、今はまず北の方の子供たちの世話をしなくてはいけなくて、なかなかお前のことまで気が回らなかったのだ。何か良い話でもあったら、自分の好きなようにしなさい。こんな落窪で、そんな姿で、縫い物ばかりしているのは、哀れに思うから。」

中納言がそう声をかけても、姫は恥ずかしさのあまりに返事もできなかった。


中納言は部屋に戻ると、北の方に声をかけた。

「さっき落窪をのぞいてきたんだが、かなり物に困っているようだ。白い袷(あわせ)を一枚しか着ていなかったのだよ。子供の古着があるだろう、夜寒いだろうから着せてやりなさい。」

北の方はギクリとしたが、そこはうまく困り顔を作ってみせた。

「いつも差し上げているんですが、お捨てになるのかしら、飽きるまでも着ることができないのです。」

そう言われれば、中納言は北の方を疑うことはない。

「あぁ、困ったことだ。母親に先立たれて、考えもしっかりしていないのだろう。」

そう言って嘆いていた。


さて、中納言に言われては北の方も落窪姫を放っておく事はできない。

ちょうど三の君の婿、蔵人の少将に正装用の袴を仕立てなくてはならなかったので、落窪姫の部屋に赴いた。

「これをいつもより丹精込めて縫いなさい。褒美に着る物をあげるから。」

それを聞いて、落窪姫はとても喜んで、さっそく縫い物を仕上げた。

とても早く、それは素晴らしい出来ばえで縫い上げたので、北の方は褒美に自分のお古の綾織物の綿入れで、よれよれになるまで萎えたものを落窪姫に着せ与えた。

最近は風が厳しくなってきてどうしようかと思っていたところなので、こんな物でも「少し嬉しい」と思うのも、心が卑屈になっているからなのだろうか。


蔵人の少将は、悪いことをうるさく言うが、良いこともはっきりと褒める性格なので、

「この装束は大変いい出来だ。よく縫い上げてある。」

と褒めた。

女房が北の方にその旨を申し上げたが、それが北の方には面白くない。

「ああ、うるさいこと。それを落窪に言うんじゃないよ、得意になっておごるだろうからね。ああいう者は、鼻っ柱を折って卑屈にさせておくのがいいんです。そうあるからこそ、幸いにも他人に必要としてもらえるのだからね。」

といって、女房たちに口止めをした。

「何てひどいおっしゃりようかしら。」

「ああしておくのが惜しいくらいの姫君なのに。」

女房たちの中には、ひそかにそう言うものも居た。



 * * * * *



何だか落窪姫の全ての不幸の元凶が父親の中納言にあるような気がしてきました。

なるほど、落窪姫も目の前にこんないい見本があると、考え無しに結婚しようとは思わないのですね。


しかし、「良い話でもあったら、好きにしなさい」と言ったということは、事実上、父親からの結婚の許可が出たと言うことです。

さて、少将との話はどうなることやら。


落窪姫があまりに薄着なのがかわいそうです。

昔の人は、着物をいっぱい重ね着します。

京の冬は厳しく冷え込みますから、なおさら着込んだことでしょう。

それが、皇家の姫が、母が死んだと言っても中納言の娘が、白い着物一枚・・・。
もう八月(旧暦)で、秋になったというのに白い着物を一枚しか着せていなかったというのですから、これはヒドい虐待ですね。


それにしても北の方、「ああ、うるさい」って・・・。

(原文:あなかま、落窪の君に聞かすな・・・)

せっかく婿殿が褒めてくれても、落窪姫の事だったら嬉しいどころか憎らしいんですね。