「夕飯は大根の味噌汁と豚汁どっちがいい?って、その日も聞かれてね」
テーブルの上の湯冷ましのコップを、両手で包むようにしながら雅紀が言うと、翔ちゃんまーくんにも味噌汁特訓なの?って和がすかさず。
いやだから、何度も言うが俺は特訓しているつもりはない。断じて。
ていうかたまたま汁物かぶりだっただけで、大根の味噌汁か豚汁の二択なら、その日はきっと大根を消費したかったんだろうよ。俺のことだから。
「え、今日も僕が決めるの?って思ったんだけどね、翔兄がご飯のこと僕に聞くのって、僕の体調がわりと良くて、ちゃんと食べられそうなときだけだなって思って」
「へぇ」
「いやいや、へぇって和。当たり前だろ。食えそうにないときに雅紀に聞いてどうする」
「まあ、確かに」
「だから、僕は翔兄が作りやすい方でいいよって思ってたんだけど、ちゃんと自分がいい方を答えた方がいいよね?でもどっちがいいって言われてもって、すっごい悩んでたらさ、翔兄、ソファーで寝落ちてて」
「ぶふっ………」
「え」
「まさかの寝落ち」
「翔ちゃんってば人に聞いといて、さいてー」
正直、ちょっと期待していた。
記憶にないとは言え、和のときはなかなか、我ながら良い話だったから。
だから雅紀の場合のきっかけ話も、てっきり良い話なんだと。
なのに、寝落ち、て。
さすが俺だ。
やっぱり俺だ。
「しかも翔兄ね、寝言で何でか『ぶひ』って言っててさ」
「ぶふっ………」
「………え?」
「ぶひ?ぶた?」
「翔ちゃんやばっ」
正直、期待していた。
そうさ、期待していたさ‼︎
俺って結構かっこいいじゃんとか思ってたよ‼︎
次はどんなかっこいいのが来るんだ?って‼︎
なのに‼︎
なのに寝落ち‼︎加えてぶひ‼︎
ぶひって‼︎
いやいやこれはさすが俺‼︎にも程があるだろ‼︎
何だよぶひって‼︎
寝てたんなら寝言はありかもにしたって、他にもあるだろ⁉︎
何でぶひなんだよ⁉︎
「それがすっごいツボっちゃって、笑えて、何かね、肩の力が抜けたんだ。僕は何をうじうじうだうだ考えてたんだろうって。翔兄なら、僕がどっちを選んでもイヤな顔なんて絶対しないし、どんなに僕がうじうじうだうだして決めるのに時間がかかたって、僕を嫌ったり面倒って思ったりしないのにって」
え。
まじか。
まさかの寝落ちぶひからまさかのいい話に行くの?行っちゃうの?行ってくれちゃうの?
そこは期待していなかっただけに、俺はちょっとびっくりしていた。
「それは、翔兄だけじゃないよね。さと兄も潤兄も和兄も、もちろん父さんも櫻井さんも、僕がどれだけ虚弱体質だって、引きこもりだって、こんな僕だって、イヤな顔なんかしないし、僕を嫌ったりなんかしない」
雅紀は話している間ずっと、恥ずかしそうに目を伏せていた。
行き場がないらしい手が、ずっとコップをいじっている。
「そう思ってからかな。体調を崩す日がちょっとずつ減って来て、時間はかかるけどそこまでどうしようって思わずに決めることができるようになったのは」
「………まーくん」
「ん?」
「俺それちょっといい話なのか笑い話なのか分かんない」
「んー?どっちだろ。僕も分かんないや」
「一応いい話なんじゃないの?まあ、一応」
「ぶひ」
「ちょっとさとっさん‼︎」
和のごもっともなご意見、潤の微妙な結論、智くんの同意なのか何なのか、ナゾのぶひ。
いい話か笑い話かどちらかと言うなら、笑い話だろ。完全に、これは。
恥ずかしいっつーの。
でも一応それだけじゃなくてねって雅紀は色々フォローをしてくれた。
和に言ったのと同じようなことをやっぱり雅紀にも言ってたみたいで、決める練習ってこととか、初めてやることはみんなこわいってこととか。
途中から別の意味でちょっと恥ずかしくなって来て、いたたまれなくなって来て、俺風呂入って来るわって逃亡した。
でも。
大きくなったなあ、雅紀。
成長したなあ。まじで。
暗い目をした弟たちは、もうどこにも、いなかった。
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