1985.8.12 日本航空123便墜落事故 発生
機械構造物の破損事故の際. その破断面には破断の開始から最終破断までの全ての経過が現れる。練度の高い技術者や研究者ならば. 破断面の観察で破断.損壊の経緯を読み取ることは可能である。
🔳 後部圧力隔壁の破断面
◉運輸省の航空事故調査委員会は事故翌日の8.13午後には墜落現場に調査官を派遣して. 広範囲に飛散した機体残骸の調査を始めた。
しかし現場を管轄する群馬県警は欠片一つすら持ち出しを禁じたこともあり. 現場での詳細調査は難航し遅々として進まなかった。
主な残骸にはブルーシートを被せたが. 大半は風雨に晒されたままであった。
航空機材料のアルミニウム合金は. 破断して地金が露出すると腐食の進行は早い。破断面の繊細な痕跡は見る見るうちに失われたであろう。
機体搬出が許されて東京都の科学技術庁宇宙科学研究所倉庫に搬入されたのは事故から36日後の9.17であった。
航空史上の大惨事を扱う国家機関にしては余りにも段取りが悪く. 物的証拠になり得る多くの貴重な金属破断面の痕跡を失った。
そして海洋捜索は11月2日から開始と余りにも遅過ぎた。離陸から異常事態発生地点までの短い飛行経路はレーダー航跡.DFDR.通信記録から概ね確定可能だが. 経路を不自然に南西へシフトさせて何も有るはずのない海底を捜索したのは理解し難い。
事故調査委はNTSBへの協力を頑なに拒んだが. 結果的には同年12.5にNTSBはFAA[連邦航空局]に安全勧告を通達し. これをもって事実上.事故原因は後部圧力隔壁の破断と断定された。
片や事故調査委員会は中間報告の度に客観的記録の報告にとどめ. 考察と結論は常に先送りとして. 最終報告は1987.6.19と事故から1年10ヶ月間余りが経過していた。追加予算2億2500万円も下りていたので内容の不備に予算不足の言い訳は通用しない。
◉NTSB [国家運輸安全委員会-米国]は墜落事故後早くも8.16に調査団を現地入りさせて急ぎ調査に着手した。対象は後部圧力隔壁に限定し. 広範囲に飛散した他の機体残骸を無視した。この圧力隔壁重点調査は既に見当を付けて乗り込んできたものと思しい。
彼等は金属破断面の観察に余念がなく. 2回目の来日8.24からは早くも微視的検査のレプリカ分析法 [破断面にフィルムを押し当てて写し取ったレプリカを電子顕微鏡で検査]を導入した。
✴︎NTSBの調査官らは事故から僅か3週間余りの9.7に. ボーイング社に7年前の尻もち事故後の修理で後部圧力隔壁の修理に不備があったと認めさせる異例の事態となった。
◉事故調査委[日本]とNTSB[米国]の不和
事故調査委が遅まきながら米国調査団のレプリカ分析法を模倣し圧力隔壁重点調査に舵を切ったのは. 本来なら多角的視点から実施すべき調査を不本意ながら断念した事情があったものと推察する。
ボーイング社がNTSBの指導で簡単に圧力隔壁の修理ミスを認めたことは正に寝耳に水の事態であり. 面目を潰された幹部調査官の遺恨は根深いものとなったであろう。
何れにせよ. これで垂直尾翼の調査からは完全に遠ざけられてしまった。
[注記]
操縦困難に陥った主原因は垂直尾翼2/3の損壊と油圧ラインの寸断であり. 本来の最重要調査事項から目先が逸らされたことになる。
◉破断面の観察と記録
金属破断面の分析は1720年頃からルーペ等を用いた観察から始まり. 1860年代には金属顕微鏡の発明により更に機械破損の原因追究が重要視され. 1950年代から普及した電子顕微鏡はより緻密な分析を可能として. 研究成果は工業機械や建造物の耐久性と信頼性をより一層高めた。
写真①
報告書- 電顕写真 112.113
圧力隔壁L18-ベイ2.3の上側ウェブ下端 [リベットNo.30〜No.83] -修理ミスとされた部分
✴︎疲労亀裂の特徴は破断の方向に垂直な縞模様「ストライエーション」だが. これ程までに綺麗な画像は専門書でもお目にかかれない。
しかし. 実使用機に生じる疲労亀裂の場合. 起点は繰り返しの擦り合わせによるビーチマークやフィッシュアイが特徴的だが. 計7枚の電顕写真には一つも見当たらなかった。
写真②
「金属破断面の見方」 吉田亨著 日刊工業新聞社
✴︎疲労亀裂の起点に特徴的なビーチマーク [波が砂浜を洗い慣らしたさま]と縞模様のストライエーション
旅客機の金属疲労は. 繰り返しの引張.曲げ.捻れの部位や衝撃を受ける部位に経年劣化と共に生じる宿命なのだから. 報告書に掲載された疲労破面の電顕写真に試験検体の実験では見られない実使用機に特異に現れる痕跡が一つもない限り. 電顕写真の出処は信用に足るものではない。
破損部の破断面をルーペで観察したマクロ所見. その同一部位の金属顕微鏡や電顕のミクロ所見をそれと判るように整然と示さなければ事実の認定とは認め難い。
また9.26に. 既に実用化されていたX線解析を実施しながら結果が公表されなかったのは極めて遺憾である。
🔳 垂直尾翼の破断面
金属破断の経緯を読み解くのに重要な事項は. 角度や滑り面の分類ではなく破断面の所見である。
資料① 1985.8.20 中日新聞
米国デラウエア大学 航空材料学 田谷 稔氏
「垂直尾翼前縁上部の外板が斜め45°に破断したのは引張荷重による」
▷これは古典的破壊の法則の一つ・最大剪断応力説を支持した延性材料の破損条件であり. あくまで個人的な見解の域を出ない。
対して破断面の客観的特徴として..
⚫︎「シアークラック」は衝撃荷重による剪断面に特徴的な所見である。
⚫︎「破断面は滑らかで輝いていた」は 脆性破断に見られる金属結晶の界面剥離面がきらきら輝いて見える特徴に適合する。
垂直尾翼の構造材.外板の材料は共にアルミニウムA7075-T6という極めて硬く伸縮性の少ない材質であり. *衝撃荷重で脆性破断し易い特性があり. この剪断面に見られる肉眼的な所見から原因の筆頭として良いであろう。
資料② 相模湾で回収された垂直尾翼前縁上部
[脆性破壊は塑性変形を殆ど伴わずに亀裂が一瞬で進展し破断する現象]
▷相模湾で引き揚げられた垂直尾翼の前縁上部はスパーウェブ. リブウェブといった比較的に面積の大きな薄板に不思議にも捻れ.曲げによる歪みは殆ど見られず. ほぼ温存されたことの説明になり得る。
そして. 最後まで残存した垂直尾翼の胴体取り付け部には電顕検査で疲労亀裂の痕跡はなかった。
[下] 報告書P33.34
🔲 結語
垂直尾翼の破断面から. 衝撃荷重により瞬時に亀裂が進展して脆性破壊に至ったという経緯が最も良く適合した。
🔘垂直尾翼損壊の概要
垂直尾翼を破断した荷重の殆どは機体尾部領域で収束しており. 前方の機体胴体にまで及んだ力は異常事態発生直後の加速度変化量に相当し. 乗員.乗客が印象的に大きく体感する程の衝撃や振動は生じなかった。つまり破壊的荷重のうち前方への影響は比較的に軽微であった。
垂直安定板-方向舵の接続面の広範に荷重が掛かった場合. 方向舵は後方に叩かれて脱落し前方の垂直安定板に掛かった荷重の一部は機体胴体に達し. また補助桁下の胴体側リンクを折損させてy-cordから圧力隔壁外周部上端を離断させ. 客室最後部のR5ドア周りや内装を破損脱落させたものと考えられる。
つまり垂直尾翼を破壊した衝撃荷重は.尾翼に限局し且つ尾翼の広範に同時に加わったものでなければ事象として成立しないという考察に至った。
よって通常では考えられないような種類の荷重を想定した。
衝撃荷重の原因として. 至近距離で掠め飛んだ超音速機とのニアミスにより. マッハ衝撃波が垂直安定板と方向舵の隙間に入り込んで. 反射.融合により増幅して前後面に荷重を掛けて剪断. 破砕した.という結論に至った次第である。