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車に乗るとナビが「今日は○○の日です」とか言うのだが、一昨日は〈新選組の日〉なのだそうだ。
で、車の中で新選組のことを考えていたら、池田屋襲撃は4人の試衛館出身者で行なわれたことを思い出した。
確か、敵の尊攘派は20人以上だが、沖田の持病の喀血はあれど、こちらは一人・藤堂平助の負傷で済んだことを思い出した。
ちょっと気になったので、藤堂はどこを負傷したのかを調べた。
…眉間に深手、だそうである。
その時、思い出した。「ドカベン」シリーズの続編「大甲子園」での、明訓高校メンバーの3年夏の甲子園決勝の相手は、新選組イメージの京都・紫義塾高校だった。
試合は激闘で、クライマックスで、紫義塾のキャッチャーが、難しいフライを、スライディングキャッチし、壁に眉間をぶつけ、「椿三十郎」並みの血飛沫をあげるシーンがあるんだけど、あれは史実に基づいていたんだなぁと、水島新司に改めて感心した次第⚾️
昨日は忙しい一日だったが、序盤は若社長とエドゥの三人だけで、のんびり話をしていた。
最初はエロい笑い話をしていたのだが、途中からAIの話題になり、「去年のAIの進化は凄まじかった」という流れになった。
若社長はおそらく最新の勉強をし続けている人なのだと思う。
この人の凄いところは、それを深く理解したうえで実行できることだ。
しかも、インプットした知識をすぐに俺たちにわかりやすくアウトプットしてくれる。
話の中で、これからの時代についての予測も出た。
公務員やアーティスト、ホワイトカラーの仕事は徐々に減り、金儲けの方向性も出尽くして、今後は“物理的に不安定な状況に対応できる、代替の効かない現場仕事”――力仕事やブルーカラーの時代になるだろう、という意見だった(俺も同意)。
市役所のような仕事はどんどん自動化され、公務員は職を失う可能性が高い(同意)。
芸術の分野も、すでに模倣が容易になっていて、これからは完全にAIに追い抜かれる(同意)。
そこでサッカーコーチのエドゥが「俺の仕事はどうですかね?」と聞くと、
「フィジカル系のスポーツは、人間がやって結果を出すことに意味があるから大丈夫」とのこと(同意)。
もちろん、うちのような小さな飲食店も生き残る。
規模が小さい分、すべての作業を俺自身の個性込みで回さなければならないからだ。
ただ――俺がこうして書いているような文章の行く末は、おそらくAIに取って代わられる。
それも、悲しいかな同意せざるを得ない。
俺はエロ小説も書いていて、「他の追随を許さない、突拍子もないギリギリの素晴らしくエロい表現」を生み出せている、俺ってマジ天才だなぁ……などと思っていた。
だが、その表現ですら、書いた数十秒後にはAIに学習され、模倣されてしまう。
でも、それももう仕方のないことだ。
(……ここで参考の文章を書いてみたのだが、
抑えめとはいえ過激なので割愛する😅)
どんなに独創的で過激な表現でも、数十秒でAIに学習される。
だからといって隠していても意味がない。発表してこそ「社会性」が生まれる。
そんな話をすると若社長は、
「発表した瞬間に模倣される独創性を秘匿しても意味がない。受け入れるしかない」と言った(同意)。
では、その状況を受け入れたあと、人間はどうするのか。
ここから先は、正直なところ俺には明確な答えがなかった。
俺は漠然と、「AIが完全に人間界を覆い尽くす前に、やれることをやればいい」と考えていた。
しかし若社長は別の方向性を示した。
AIがあくまで“ツール”である段階では、
【AIが並べる膨大な知識を、生きた情報としてどう活用するか――その『選択』にこそ活路がある】というのだ。
なるほど、それは確かにそうだ。
それこそを、人間の《知恵》と呼ぶのだろう。
……そして最後に若社長はこう言った。
「AIに本気で勝とうと思ったら、AIが思いもつかないような、論理無視の突拍子もない“狂気の沙汰”をやるしかないよね」(同意)。






