おれは今、兄に借りているHONDAのリトルカブに乗っている。
SR400の車検が切れてから、しばらくは車に乗った。
アトピーの闘病もあり、SRはお休みということで。
そんな頃に、兄があまり乗っていないリトルカブを「乗っていいよ」と言ってくれたのだ。
原付とはいえ、スクーターとは違いギヤチェンジがあるところが面白い。
エンジンもSRよりは小さいが、空冷シングルで4サイクルというのは一緒だから、フィーリングがどこか似ていて親近感が湧く。
加速の感覚も、SRをそのまま小さくしたようなトルク感と音と振動で嬉しくなった。
その時からもう5年ぐらい借りているが、今の自分には丁度良いし、壊れないし、街に出た時に駐輪場にも困らないので本当に気に入っている。
そのリトルカブに乗って昨夜も走った。
空気は冬の冷たさに変わっていて、頬が凍りそうだ。
いつも行くTSUTAYAから午前3時ごろ家を目指す。
走っているのはタクシーかコンビニの配送トラックぐらいで、他の車はほとんどいない。
だから二駅の距離を15分ぐらいで帰ってくる、ほんの一瞬の道のりだ。
行きはマフラーを首に巻いていたが、帰りは頬まで上げた。
そのおかげで、刺すような冷たい風は行きの時ほどは気にならない。
そうすると一気に、自分とエンジンのフィーリングが同調する感覚に集中しはじめる。
たった50ccのシリンダー内をピストンが高回転で上下して、その振動と音に自分の全てが包まれる。
何もかもが後方へと消え去っていく視界の中、おれはふと、大戦中のゼロ戦もこんな振動と音を響かせて、風を切って飛んだのだろうかと思う。
そして、その先には壮絶な死だけがあったのだと。
おれは死なない。
ハンドルを握る手に力が入る。
遠くの信号が赤になり、おれは速度を落としていった。
信号で止まると、エンジンはアイドリングに変わる。
その瞬間、おれはハッとして現実に戻っていた。