コロナ禍で延期になっていた娘の披露宴をようやく開催する日がやってきた。

 

いつも仕事に追われ子供のことは妻和子にまかせっきりだったかもしれない。しかし洋一ができることはなんでもしてきたし、娘にはこの世界で一番幸せになってもらいたと思いながら愛情を注いできたのも事実であった。その娘が人生の佳き伴侶と出会うことができたのだ。この日ぐらい仕事は忘れ娘の晴れ舞台をじっくり味わおうと思いながらホテルに向かった。

 

ホテルに着くと、既に新郎新婦はもちろん新郎の両親と妻も洋一を待っていた。

 

愛「パパ遅かったじゃない。なにかトラブルにでもあったんじゃないかとおもってみんな心配してたんだよ」

 

洋一「すまなかったな。突然の来客があったんだ」

 

一人娘の愛は洋一にとって自慢の娘だ。愛は高校を卒業すると渡米し名門大学を卒業してから、ニューヨークの弁護士資格をとった。米国で研鑽をつみ帰国後、国際弁護士として活躍しているのだ。うちの娘は、渡米し弁護士試験を受験して連続で失敗するような贋物とは違うんだと自負してきた。

 

今日はそんな愛娘が大勢の来賓から祝福されるのだ。支度部屋に入った洋一はいつの間にか白髪が目立つようになった髪を見つめながら、ホテル専属の美容師から身なりを整えてもらい、礼服を着るのを手伝ってもらった。

 

 

新郎は洋一の出身地である愛知県にある世界的に名の知れた大手企業の御曹司だ。来賓リストを見ながら洋一は心の中で舌なめずりした。それもそのはずだ。日本の経済界、法曹界、ゲーム業界から錚々たる人物たちの名前が並んでいるのだ。

 

まず関係者で記念撮影が行われた。新郎新婦を中心立ち位置が調整されていく。まるで令和のセレブたちが集う社交界かと見間違うほどの上品な写真が撮られた。

 

日が落ちあたりが暗くなり始めると、来賓者たちの華やいだ会話が洋一たちがいる親族の待機室にまで聞こえだしてきた。どうやら受付が始まったようだ。

 

厳かに披露宴が始まった。新郎新婦の人生に大きな影響を与えた社会的に地位のある来賓者たちの祝辞が続く。

 

洋一は自身の結婚式の時には感じなかった心のゆとりを持ちながら、会場の雰囲気を楽しんでいた。

 

 

事前に打ち合わせていなかった新郎新婦からのサプライズ演出もあり、洋一は父親として娘から深く愛され尊敬されていることを強く感じた。妻は既にハンカチを片手から離せないほど感涙している。

 

洋一は運ばれてくる料理と美酒をとりながら、ここまでに至る妻と娘と一緒に過ごしてきた時間に思いをはせた。

 

 

披露宴は無事に終わり来賓を見送った後、新しく親族となった新郎一家と一緒に若い二人の門出を祝い、洋一は妻が痛めている腰に手をおきながら用意されたホテルの部屋へ向かった。

 

部屋にはいると新郎新婦が用意したと思われる封筒がすぐに目に入ってきた。中には4通の手紙がはいってあった。新郎新婦がそれぞれ洋一と和子宛にしたためた手紙のようだ。洋一は新郎からの丁寧で配慮の行き届いた手紙を満足げに読むと、次に娘の手紙を開いた。

 

”いつだって私のわがままをきいてくれてる人が昔からいました。その人はいつもずっとではないけど私のそばにいてくれました。その人とは何度も喧嘩もしたけど一緒にゲームで遊んだりもしました。その人は私がアメリカの大学に行く時に、お母さんと一緒に空港まで見送りに来て私の姿が見えなくなるまで手をふってくれました。私が大変な時いつも助けてくれるヒーローもその人でした。その人の名前は洋一といいます。

 

私は今まで恋人以上に大切な人はいないと思って生きてきました。でもこの度、新たなる人生の出発を一緒にしてくれる素晴らしい方と出会い、その考えが間違っていると理解できたんです。

 

「僕が恋をしている女性は、きっとたくさんの愛情を注がれて育ったんだと僕にはわかります。なぜならあなたほど私を理解し、あなたほど人を愛することの価値を知っている人を私は他に知らないからです。」

 

そう彼は私に言ってくれたから気づけたんです。

 

私がもし愛というものを少しでも理解できているのだとしたら、それはパパとママのおかげだからだと今なら理解することができます。私に愛という名前を授け、私を愛を知る人間に育てあげてくれたお父さんとお母さん。こんなにも私の人生に影響をあたえた人はいません。

 

パパ、お父さん。お母さんと出会ってくれてありがとう。そして私を育ててくれてありがとう。今までできなかった親孝行をさせる時間を私にたくさん与えてください。そしてお母さんと一緒にいつまでも私たちを見守ってください。 

 

世界で一番パパを理解している愛より”

 

 

 

手紙を読んでいる洋一の背中が震えていることに気がついた和子は、洋一の背中に顔をうずめ洋一を優しく抱きしめた。 

 

 

洋一の部屋の窓の外には美しい満月が雲間から顔を出し、洋一の瞳を潤ませているものを輝かせていた…

 

 

 

 

 

もうこんな時間か。


会議でまとまった企画書を真剣に検討し洋一なりに改善案を考えていただけだったが、時計の針は0時近くに差し掛かっていた。


帰宅する前に一口お腹に何かを入れたくなった洋一は久しぶりに外食チェーン店に入った。


「いらっしゃいませ」


こんな時間なのに随分と若い女性店員だなと思いつつ、空腹に耐えかねた洋一は店員が来る前に、水を早く持ってきてくれないかと急かした。


女性店員は慌てて失礼いたしましたと謝りながら、麦茶を持ってきた。その麦茶を見て洋一は、最近のこうした店の麦茶は麦茶袋を入れっぱなしでだすのかとあきれた。


冷たい麦茶が洋一の疲れた体を癒す。おかわりを頼もうとして自然と麦茶の入っていたコップに目がいった。


あっ!なんだこれは!?


洋一が麦茶の袋だと思っていたのは、何か別のものであり、決して口いれていいものではなかった。


洋一は強い吐き気を感じて嘔吐した。


後日、そのチェーン店からお詫びがあった。洋一は事をあらだたてるほど己は小物ではないという自負がある。謝罪を受け入れた。


女性店員がなぜそのようなミスを犯したのか?社内で大問題になった。衛生面の問題を指摘する役員もいたし、社員のタイムシフトのタイトさに苦言をていする者もいた。しかし女性店員はなぜそれが麦茶に入っていたのかわからないの一点張りだった。


その女性店員は最初期のFF14プレイヤーだったことを知っている上司は、なぜだかは知らないが無言を貫いたという。





洋一「洋子!洋子!俺だ!洋一だ!聞こえるか?」洋子と呼ばれた女「あっ・・・洋一さん」

 

 

洋子が意識不明で入院して十数年経った。

洋一は洋子の母に洋子は私の命の恩人なんですと言い洋子の医療費を老母に代わり払い続けてきた。

令和四年のある日その母親から連絡があった。1週間前、洋子の意識が奇跡的に回復しました。これまで社長様には大変良くしていただいてありがとうございました。ご迷惑でなかったら洋子に会いに来てくださいという内容だった。

 

洋一は連絡があった翌日仕事もキャンセルして病院に車を走らせていた。

 

洋子「あなたがずっと私の医療費を払ってくれていたなんて。本当にありがとう」

 

洋一「大したことないさ。それより身体の調子はどうだ?痛いところはないか?」

 

洋一はありったけの愛情で洋子に接した。洋一が来ることがわかっていたせいか洋子は軽くお化粧をしていた。そこには都会で洗練された昔の洋子の面影はなかった。しかし洋子の女心を思うと洋一は申し訳なさと生きることへの意欲を失っていないことを理解できた。

 

洋一は洋子の動かなくなった手を握った。ほのかに暖かさが伝わる。この朧げでいつ消えてもおかしくない命を守りたい。洋一はそれが洋子にしてあげる恩返しのように思えた。

 

洋子の手を握りならもう片方の手でブラインドを少し開いた。窓の外には素晴らしい光景が広がっていた。洋一「そうだ、洋子。君にみせたいものがあるんだ」そう言うと洋一はいっきにブラインドを上げた。その刹那洋子の病室に太陽の光が降り注ぐ。洋子は目をつぶり太陽の眩しさから逃れた。

 

「どうだいこの景色は」。洋子はようやく目を開くと窓の外には満開の桜の並木が飛び込んできた。洋子「まあきれい」。洋一は満面の笑みを浮かべ洋子の華やぐ姿を喜んだ。

 

洋子は窓の外の桜を実は今まで母親や看護士から毎日見せてもらえていた。だから洋子は桜の美しさに喜んだのではなく洋一の自分への細やかな気遣いこそ嬉しかったのだ。

 

銀座の胡蝶蘭とまで言われた洋子は十数年という時間と若さと身体の自由を失った。でもこんな洋一さんを私が独り占めできるんだから、悪くない人生だわと洋子は昔のように心の中で笑った。

 

突然洋一の携帯の電話がなる。会社に戻らなければならなくなった。

 

洋一は洋子の頬に軽くキスをするとまた逢いにくるから待ってなさいといい慌ただしく部屋を出て行った。相変わらず仕事熱心な洋一の背中を見て、愛していた男は今でも変わっていないことを知り洋子は深い満足を得た。

 

でもちょっと待ってと洋子は思った。さっきみせた洋一の心遣いは昔はなかったわよねと。自分が知らない間にいつのまにか大人になってしまった子供を知った時のような寂しさを抱きつつ、洋子は風に翻弄されて散ってゆく桜の花に自分の人生を重ねていた。

 

 

 

869 :英子:2013/10/15(火)
秋晴れの夕暮れ。洋一は独りなじみの寿司屋に入った。まだお客は洋一だけだったらしく愛想のいい大将が声をかけてきた。

洋一は、この寿司屋に来るといつも決まって、大将のおまかせを注文していた。

熱燗の日本酒を口に頬張る。日本酒はまろやかなふくみのある味わいと同時に深みのある香りを伝えてくる。洋一は寿司をつまみながら、学生時代を思い出していた。

英子「洋一さんが毎週お寿司に連れていってくれるぐらいになったら、付き合ってあげてもいいよ。」半ば冗談めいた英子の含み笑いは、若い洋一には刺激的に映った。英子か。今ごろどうしているのやら。

洋一はコートを羽織り勘定を済ますと、いつの間にか暗くなった路地の中に消え去っていた。
 
870 :
>>869
セックスしか能のない女はすっこんでろ
男にばかり責務だけ押し付けて
どうせ金が目的なんだろ?
 
871 :
>>869
いったいなんだ?この団塊ロマンwww
 
 

 


786 :散りゆく桜に言葉はいらない:2013/04/07(日)
世は桜を満喫する季節。人々の行き交う足取りもどこか幸せそうだった。それに引き換え自分は…。

社長引退が決まってから洋一は、今までの自分がなした業績と社業を傾けた己の責任の重さを深くかみしめていた。

そんな時、秘書から内線があった。なにかの件で社員が面会を求めているとのことだったので、洋一は面会を了承した。

開口一番、その社員は「社長、長い間お疲れさまでした。社長の元で働くことができて幸せでした。」と大声で語りだした。

洋一はその社員をじっと無言で見つめていた。この男を重用したことも、今回の引責辞任につながった要因かもしれない。洋一は自分の見る目がなかったことを自虐的に心の中で笑った。

「どうしたんです?なにかおっしゃってください。」目の前にいる社員は少し目に涙をたたえながら話かけてきている。

洋一「河〇君も、よくやってくれたね。ありがとう。」洋一はそうつぶやくと河〇を背に窓の外を見つめた。雲ひとつない空は洋一にはどこか残酷にみえた。

河〇「社長、落ち着いたらまた飲みにいきましょう。」
洋一は、そうだなと答えたが振り向くことはしなかった。思えばこの10年、社長として自分がしてきたことは、過ちの連続だったかもしれない。しかしこうしてわざわざ言葉をかけに来てくれる部下もいる。
そう思うと洋一は少し救われる思いがした。河◯には、これまで自分が試行錯誤し悩み考えてきた努力を語りたかった。しかしそれは洋一にとって、いいわけにしかみえないし、何より己のプライドがそれを許さなかった。桜は無言で散ってゆく。洋一もそうありたいと思った。

洋一「河〇君。また飲みに行くか。しかし今度は割勘だぞ。」

そう言う洋一の頬には一筋の涙がながれた跡が残っていた。