To Each His Own

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シアトルでの生活 世界言語教育について考える ポロリもあるよ!? 

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今年度が全て終了した。

アメリカでの日本語教育、特に中学校、高校での選択科目としての日本語教育は課題も多く、勉強になることが多々あった。今まで以上に、「なぜ日本語なのか」ということを深く考えた2年間だった。

 1年目で流れを見て、2年目で徐々に現地に必要であろうものを足したり、要らないものを引いたり試行錯誤して、慣れてきた頃に日本に帰ることになる。配属先や生活に慣れたころに去らなければならないのは、決まっていたことだが名残惜しい。しかしいつまでも今の身分でいるわけにはいかないし、始まりがあればいつか終わりは来る。そして終わりがあるからこそ1日1日の有難みがわかる。

 「ああしておけばよかった」「ああしなければよかった」と後悔することはある。後から悔やむから後悔なのであって、先に悔やむことはできない。でもそこから何かを学べたのなら、結局それでよかったのかもしれない。

 「ここに来たのがあなたでよかった」と言ってくれる人たちがいるだけで、自分がここに来た意味はあったと思える。そう思ってもらえたのは、今までの日々があったからだ。そしてここでの日々は、次に出会う誰かの為になる。


また新たな生活の始まりだ。



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 日本とアメリカの高校の違いの一つに、特別支援教育がある。日本では障害を持つ学生はクラスが分けられるが、アメリカは重度ではない限りクラスを分けない。人種、性別関係なく平等を尊重するアメリカだからか、障害があっても健常者と同じ扱いをする。高尚な理念だ。

 しかし先日シアトル学区は特別支援教育が足りていないという改善命令が出された。実際に現場で接する教師は30人近くの学生を1人で対応しなければならない。そして障害をもつ学生がクラスに30人中4、5人いる場合もある。障害がある学生は1対1で対応しなければならず、どうしても時間が取られる。この状況は現場の教師にとってはかなり酷だ。健常者と同じスピードで同じタスクはできないのだから、クラスを分けてしまったほうが現実的でないかとも思える。

 障害のある学生の成績はPassかFailで出してもいいことになっている。ABCのレター評価だと、本人にとって受け入れがたい評価になってしまうからだ。障害のある学生の親は「一生懸命頑張っているので評価してください」とOver protectをする傾向がある。彼らも平等に扱うのであれば、一生懸命頑張ってもDやFがつくこともある。


 日本とアメリカ、どちらのやり方がいいのかは一概に言えない。
 


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今年度も残すところ一ヶ月になった。

一ヶ月あれば、一課分の内容を進めることが出来る。しかしミドルスクールではそれをしない。映画を見たり、工作をして終わる。「時間を潰す」と言ったほうが正しい言い方かもしれない。夏休み前で学生はもう勉強する気分ではないし、2ヶ月ある夏休み前に新しいことをしても学生は忘れてしまうというのが理由だ。

 それでいて2年の課程で終えるべき項目を終えられていない。そもそもこういう時間の使い方をしているから終わらないのであって、それが改善されることなく続いている。去年と同じ過ちをまた繰り返す。民間の日本語学校であれば、「課程が終わりませんでした」イコール適切なカリキュラムが組めない、時間を管理する能力がない人ということになる。それを繰り返す人に契約更新はない。学生も子供ではなく、高い授業料を払ってくるのだから、ちゃんとした授業をしなければ、クレームががつき、学生はいなくなる。

 公立学校の教師は法に触れる問題を起こさない限りは首になることはない。そして中、高生は「映画を見せるのではなく、ちゃんと授業をしてください」とは言わない。学生からの手厳しいフィードバックもない。


 公立学校の先生というのは、民間では考えられない恐ろしい世界だ。




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 配属先ではASLが人気だ。

 ASLとはAmerican Sign Language(手話)のこと。スペイン語、フランス語、ラテン語、日本語と共に外国語セクションの選択科目になっている。ASLを取る学生は増加しているらしい。なぜか。

 ASLは、書く、読むということをしないので、文字を覚える必要もない。話す、聞くということもないし、手話の語順も英語とまったく同じ。つまり学習者にとって負担が少ない。大学進学を考える学生にとって、選択科目で楽にAを取れる科目が「いい科目」なのだ。最近の学生はEasy Aを好むらしい。テストのスコア、GPAが全てという考え方は日本の受験戦争のような印象を受ける。

 LDの学生にとってもASLは他の外国語より学びやすい。母語で読む、書くことが困難な学生にとって、表記が複雑な日本語を勉強するのは骨が折れる。

 更にASLは外国語だけでなくvocational(職業訓練)のクレジットも取れる。1科目で2クレジットも取れるのだ。学生にとってメリットがたくさんある。

 しかし果たして手話は外国語なのか。高校で手話を学ぶチャンスがあるというのは歓迎すべきことだが、外国語として扱ってしまうことには疑問を感じる。


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マンザナーと聞いて、知っている日本人はどれほどいるだろうか。


今から72年前に起こった真珠湾攻撃を期に、アメリカに渡った日本人移民とその子どもたちは、「日本にルーツを持つ」という理由だけで強制収容された。収容された人数は12万人にも上る。

大統領令が発令され、敵性外国人である日系人は家や車、全ての財産を処分し、少しの荷物で収容所に移らなければならなかった。財産を二束三文で買い叩かれた人や、仕方なくそのまま放棄する人も多かった。収容所は夏は猛暑、冬は極寒の砂漠のような場所に立てられたバラック小屋で、部屋にもトイレにさえ仕切りがなかった。ある収容経験者は一番辛かったことに「トイレに仕切りがなかったこと」を挙げている。

有刺鉄線で囲まれた収容所内の監視塔の銃口は常に収容者に向けられていた。財産の全てを失ってしまい、そのような状況下でも、日系人たちは強く生きた。


終戦後、開放された日系人は元の場所に戻ろうとしたが、家も財産も取られ、戦争により更に日系人差別がひどくなっていた彼らに帰る場所はなかった。

Manzanorは現在国によって史跡として管理されているが、今では何もない砂地があるのみ。かつて何があった場所なのかを示す目印が、広大な砂地に寂しく立てられている。

シアトルではアジア人の人口が16%を占めるので、日本人差別やアジア人差別を受けることはない。しかし今偏見や差別がないのは、偏見や差別に塗れた先の歴史があったからだ。悲しい歴史だが、どこぞの国のようにいつまでも謝罪や賠償を要求するのではなく、同じ過ちを繰り返さないよう、歴史から何を学ぶか、次の世代に何を伝えていくかだ。



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来年度からミドルスクールが変わる。

現在は7、8th gradeで外国語が選択必修になっているが、Language artsやMathなどの必修科目の成績が著しく悪い学生は外国語を選択できない。その分補修にあてられる。これは歓迎すべきことで、L.Aの成績が悪い学生は外国語が追いつかないのは前々から感じていた。

そしてもう一つ変わるのは、学生が7,8thで一年ずつ違う外国語を選択するようになることだ。現在は2年同じ外国語を選択する学生がほとんどで、その後高校で次のレベルを履修している。本来の外国語学習の目的を考えるなら、多様な言語や文化に触れるのが正しいあり方だ。日本語だけを中高で5年勉強するより、多言語他民族国家であるアメリカでは初中等教育で様々な価値観に触れることが必要だ。

アメリカでは諸事情で日本語を選択する学生は減少傾向にあると言われる。日本語のプログラムを守るために、教師たちはあの手この手で日本語を選択する学生を増やそうとしている。しかし日本語学習者を一人でも増やそうと囲い込む態度は、本当に学習者のことを考えていると言えるのだろうか。



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シアトルの住宅街では桜を見かけることが多い。




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1年7ヶ月の間、週二回関わっているミドルスクールはいつも前日にメールで授業内容が知らされる。それに合わせて教材のリクエストがくるので、ミドルスクール用に編集、作成して持参していた。


しかし来年度は自分が教材を提供することは出来ない。ずっと考えていたのだが、ただ物をあげるのではなく、作り方、メンテナンスを教えて現地で持続可能なものにする正しい援助のあり方だ。残りあと3ヶ月、今まで沢山教材や教え方を見せてきたので、もうそれを辞めることにした。変わりに有用なリソースから自分で教材作成ができるように切り替えた。


「教科書をそのまま教える」「ワークブックをただやる」だけでは、学生の身にならない。言語を教えるには、適切な教授法と教材が不可欠だ。教材も毎回アップデートしなければならいし、目の前の学生に合わせて編集する必要もある。そしてそれこそが言語教師の核になる部分だ。



かく言う自分はどれぐらいできているのだろうか。




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