必ず幸せにするといった。どんなに壁が大きく、分厚くても。必ず二人で乗り越えようといった。あなたが乗り越えられなくても、僕が支えると。そう言ったのに。
幸せに
今日はよく晴れている、空気は程よく乾燥し、気温も暖かくどこかへ出かけたい気分だ。そう願えば、あなたがいつも窓辺へ来て、私を連れ去ってくれる。靴も置いたまま、窓も開け放ったまま。カーテンが風に舞い、二人を隠してくれる。
白馬に跨り、あなたの胸に身をあずけ、流れ行く風景を見ながらふと目線を上げると、眩しい太陽の光に反射してあなたの髪が輝いて見える。思わず触れたくなるその髪に触れられるのは私だけ。その事実を感じるたびに嬉しくなる。胸が高まって、頬が熱くなるの。病気の不整脈でも、発熱でもない。心の色模様。
大きな倒木を飛び越えた衝撃で私が落ちそうになればあなたがその細くもたくましい腕で支えてくれる。胸に耳を当てればその心臓はどくどくと力強く脈打っている。あなたは生きた人。生きて、そして未来を担う人。私は…。
「ついたよ、ほら降りて」
馬の背から下ろし、裸足で草の上を歩く、今日はあの泉のほとりまできたのね。深い森の奥深くに、優しく太陽が差し込む美しい泉。ここを教えてくれたのは、初めて会ったあの日、私のわがままに「しょうがないですね」と付き合ってくれたあなたが連れてきてくれた場所。
「水に入ってもいい?」
「それはミナトの勝手だよ、僕は風邪をひいても知らないよ」
「シンスも入れば?」
「僕は遠慮しとく。風邪をひきたくはないし」
「遠慮しなくていいのよ!ほら!ほら!」
「こら!あぁ!!」
ばしゃん!!!と、大きな音を立てて二人して泉に倒れこむ。もちろん服はびしょ濡れ。髪は水を含み重くなり、私の髪は昆布みたいに水面に揺らいでる。でも、あなたの。シンスの髪は、砂糖細工みたいに綺麗。この人は、何をやっても綺麗。歩いていても、走っていても。馬に乗っていても、泳いでいても、食事をしても。毎日城へ向かう道を馬で駆け抜けていくあなたに私はいつの間にか心を奪われていた。
私の時間はもう少ない。それなら好きな人と一緒にいたい。
そう思って…。
「声をかけたのが半年前ね」
「え?」
「シンスに、ほら、窓から呼んだじゃない『騎士様ーー!!』って」
「ああ、そんなこともあったね」
シンスは泉から上がって、服の水を絞ってる。下着だけになった姿。大小様々な傷が、陶器のような白い体のあちこちに残っていた。それでもやっぱり綺麗。
「ねえ、仕事中だったんでしょ?あの時」
「まあ、そうだけど」
「怒られなかった?」
「怒られたよ、任務中になにやってんだー!って、でも事情を話したから」
「私のこと話したの?」
「ええ、少女が困っていたので助けてましたってね。任務って言っても街の見回りだし、代わりはいっぱいいるし」
「それで納得したの?」
「いや、森へ入るのを見られてたから始末書書かされたよ。それでおしまい」
「結構軽いのね」
「みんな家族みたいなものだからね」
「そ」
「そう」
私も泉から上がって、シンスのとなりに腰掛けて、肩に頭をポンと乗せると。肩を抱き寄せられる。
私より少し大人の騎士様、小さい時に教会のシスターがよく読み聞かせてくれた絵本に出てくる騎士みたいに、美しくて気高くて、そして強い。私の、私だけの騎士様。
形は綺麗だけどごつごつした指に触れて、手を握ると「冷たくなってる」と言って両手で温めてくれる。そんな愛に触れながら日が暮れるのを待つ。私の幸せな時間。
日が落ちて、服が渇いたころ。私たちは現実の世界へ帰る。シンスはお仕事。私は病室。私たちの住むあの街は、とても美しい、でもその裏には死がはびこり、死神が大きな口を開けて待っている。悲しい街。
朝に開けたままにしていた窓からこっそりと入り込んで、何もなかったかのようにベッドの中へ潜り込む。窓から顔を出してシンスとまたねのキスをして、その背を見送る。その背がだんだんと小さくなって。そして何も見えなくなると、悪魔の蔓が私の体にまとわりつき、私の命を吸い取っていく。だんだんと霞んでいく幸せな未来から目をそらす。そうでないと、泣いてしまいそうでから。
*
もう時間がない、分かっている。
彼女には時間が残されていない。廊下ですれ違った医者からそう言われた。
「それは、私が外へ連れ出すからですか?」
「いいえ、彼女の体はもう限界なのです。今の医学では…とても…」
「では、どうしろと?」
「彼女の好きなようにさせてあげたほうがいいでしょう。」
「彼女は…ミナトは。そのことに気づいているんですか?」
「おそらくは、気づいているでしょう。だから、あなたに外へ連れて行けとせがむのだと思いますよ」
「…ミナトは、後どれくらい生きられるのですか?」
「彼女の気力しだいですが…半年ほどですかね」
「……そうですか」
一年の半分前にであって。その後半、一年一緒に過ごせるか、過ごせないか。そんなに短い間でしか触れられなかった。
〈それにしても、であって半年、そして最後の半年か)
きっちりした性格のミナトらしい。
もうすぐ、この大陸を巻き込む大きな戦争が始まる。帝国がじわじわと占領下を広げ、この国もそれに対抗しようと連合軍を結成した。騎士団の副団長という立場の私も、必ず戦場へはでなくてはいけない。もしかしたら、明日死んでしまうかもしれない。
(ミナトをおいていくのだけは嫌だな)
どうせ死ぬなら、ミナトが寂しい思いをしないように。ミナトの後で逝こう。
「ミナト…」
ミナトのいる部屋の扉の前で立ち止まり、ノックをし、ドアをあけるとそこには白いベッドの上で満面の笑みを浮かべるミナトがいた。
「シンス!」
「ミナト、今日は一緒に街へいこう」
「街へ?」
「今日は花祭りの日だよ」
「本当に?わたし、ずっとお祭りにいってみたかったの」
「それは良かった、さあ、靴を履いて。出かけよう」
「うん!」
服を見繕って靴を履かせて、小さな手を握り歩き出す。歩幅は違っても、確実に、一緒に道を歩んでいる。
病院の外へ出て、馬に跨り街への道を駆ける。風が頬を撫でて重く沈んだ心とともに、風景をそのばに残して。
花祭り、この国の建国記念の日でもある。街は花で満ち溢れ、中央通りは多くの人で大賑わいだ。午前は大道芸や路上での演奏が行われ、午後は騎士団のパレード、夕方には新国王の戴冠式が執り行われる。ミナトの体力を体力を考えると、パレードが見られるか見られないか。
「ねえ、シンス。するところ?」
「あそこはお茶を飲んだりお菓子を食べたりするところ」
「あれは?」
「あれは文房具店かな」
「あそこも?」
「あそこはステーショナリーが売ってるとこだよ」
「どう違うの?」
「うーん、文房具が鉛筆。ステーショナリーが万年筆みたいなかんじ」
「ふーん、わかんない」
「はは…」
ミナトの好奇心は止まらず、まるで小さな子供のようにあれはなに?これはなに?と関心を次々別のものへと移していく。手をつないで歩いていても、まるで犬の散歩のようにぐいぐい引っ張られて腕がちぎれそうだ。
こんな調子で午後まで持つか?もつかな、たぶん。
「ねえ、みてみて!すごく綺麗」
「どれ?あぁ、本当だ。綺麗だね」
「わぁ…ねえ、これは何?」
「これは髪飾りだよ。ほら、こうやって髪につけるんだよ」
ミナトの緩くカールした髪を手にとって頭の高い位置で結う。そこに髪飾りを挿してあげて鏡を持たせるとミナトは感嘆の声を上げた。
「どう?似合う?」
くるりと一回転するミナトをみて、少し胸が苦しくなった。
「とっても似合ってるよ」
店主に髪飾りの代金を渡してミナトの手を引くと、ミナトは微笑んだ。
「ね、これってプレゼント?」
「そうだよ」
「ふふっ、わたし誰かから何かを貰ったのって初めて」
「そっか」
「うん」
「お嬢ちゃん!今日は花祭りなんだから!ほら、これをつけて!」
花の冠のたくさん入ったバスケットを手に下げた少年に冠を手渡され、戸惑っているミナトの手をにぎり、頭へ持って行ってあげる。髪飾りの邪魔にならない程度の冠だったが、ミナトには十分だったらしい。子供のようにはしゃいで喜んでいる。
パレードが始まるにはまだ早いが、準備がある。ミナトをどこかにおいてこないといけない。どこかいいところはないかと探していたところに、マオさんが現れた。
「あれ?シンスさんどうしたんですか?準備しないと」
「マオさん、ちょっと、この子を置いておきたいんですが、どこかいいところはないですかね?」
「あぁ、それなら関係者席でいいんじゃないですか?シンスさんが一筆書けばいいだけですし」
「私の著名だけでいいんですか?あれって団長の許可が必要じゃないんですか?」
「面倒くさいって言って団員の著名があればいいにしたそうですよ」
「あのジジイ…」
「まあまあ、いいじゃないですか。関係者席の入口に人がいると思うので、その人に言えばいいでしょう」
「ありがとうございます。あのジジイは絶対いつかシめなきゃですね」
「ですね」
マオさんと別れを告げ、再びミナトの手を引き歩き出すと、ミナトが絡んできた。
「ねえ、今の女の人だれ?」
「仕事の同僚だよ」
「ね、自分のこと『私』っていうんだ」
「公の場ではね」
「ねえねえ、団長さんのことジジイなんていってもいいの?」
「まあ…父親ですし」
「そうだったんだ、でもお父さんにジジイなんていっちゃダメだよ」
「そうだね、今度からはきをつけるよ」
「うんうん、その調子!」
~~~~~作者の都合で割愛~~~~~~~
パレードの後の静けさが、鎧越しでも染み渡ってくるようで、ただミナトの悲しそうな瞳が、自分を見ている。
事故だと言って、弁解したい。相手は婚約者だっているし、私も、ミナトを愛している。それでもミナトは、信じてはくれないだろう。
「なんで?」
泣きそうな声。
「信じてたのに」
「ミナト!」
「なんで!?私じゃダメなの?なんで…なんで…」
泣き崩れるミナトに駆け寄って抱き上げようと手を差し伸べると平手で殴られた。
「ミナト…」
「どうして…」
時間がないのに。時間がないのに。
こんなに大きな谷ができてしまった。
マオさんも気まずそうに立ち尽くしている。
(シンスさん、一度この場を離れてください)
マオさんから念話が飛んできて、指示を出す。
(パニックになっていて、今は何を言っても無駄です。パニックの原因になったシンスさんはいちどどこかへ行ってもらって、あとは私が何とかしますから)
〈すみません、よろしくお願いします)
黙ってそのばを後にした。きっと何とかしてくれると思って。
彼女には時間が残されてはいない。
~~~~作者の都合によりクライマックスまで割愛~~~~~
その日は突然やってきた。私が書類に目を通しているときのことだった。窓を叩く音がして、窓を開けると鳩がいた。鳩の持っていた手紙に目を通すと私の心臓は凍りついたように一瞬動かなくなったような気がした。
【ミナト キトク】
「うそだ…」
急いで病院へ駆けつけて、ミナトのいる病室まで急ぐ。
ドアを開けると、そこには白いベッドと、そのベッドと同じくらい白い顔をしたミナトがいた。あの日のように、笑ってはいなかった。
「ミナト…」
ベッドに近づき、ミナトの手を取る。
「ミナト」
もう一度名前を呼ぶと、ミナトはうっすらと目を開けた。
「シンス…」
「ミナト、ぁあ、なんていったらいい」
「何も言わなくてもいいよ、そばにいて。手を握っていて」
弱々しい手を両手で包みこむようにして握るとミナトは微笑んだ。
「あなたの、こういう優しいところ大好き」
「ミナト、頑張れ。まだ、まだ…」
「もういいの、もういいのよ。とっても楽しかった。私の知らない外の世界を教えてくれて。そして、愛を教えてくれて」
「だめだ、ミナト…」
「私、幸せよ?こうして、大好きな人に看取られるの」
「ミナト…!」
「泣かないで、いまシンスが泣いたら、わたし、今から死んでしまうことが怖くなっちゃう」
「ミナト…行かないで…」
「シンスは甘えんぼね」
もう片方の手で頭を撫でられて、目の前が滲む。必死に涙をこらえようと下を向くと、頬を撫でられさらに目頭が熱くなった。
「シンス、私がいなくて大丈夫?泣き虫なんだから。」
「大丈夫、大丈夫だから…」
「ホント?なら、大丈夫…ね」
「……」
「あのね、し、んす」
「?」
「わたし、とっても、幸せだった…」
静かにつぶったミナトの目から、涙が一筋、流れて消えていった。
息を引き取った。
必ず幸せにすると約束したのに。約束を果たせなかった。
それでもあなたは最期に幸せだといった。
あなたには二度と会えない。たとえ私があなたの後を追ったとしても。同じ場所にはいけない。
もう一度会いたい。
もう一度あって、今度はあなたを幸せにしたい。
あなたが思い描いた風景を、現実にしたい。
だから会いにいく。何万年かかっても。世界が、次元が変わっても。
こんどは、あなたが涙を流さないように。
END
割愛の部分どなたか書いて頂けませんかああああああ!!
