第3章 歳末特別警戒中! 1
―2023年12月25日―
僕がこの渋谷西署に配属されて3ヶ月が過ぎた。小さい小突きあいとかは沢山あるけど配属されて早々の殺人事件は起きていない。ということはまぁ平和ということだ。しかし昨日はクリスマスイブだってのに夜呼び出されて喧嘩の仲裁と連行。まったく警察の身にもなってほしいよ・・・あ、警察の身になれたら犯罪なんてしないか。そうこうしていたらひかるさんが被疑者らしい男の手を引いて出勤してきた。
「おはようございまーす」
「あぁおはよ。散々なクリスマスイブねぇ。サンタも帰って寝ちゃったわ」
「まったく誰のために仕事してるんですかね」
そんなこんなでエレベーターで12階へ。何か知らないけど人でごった返してた。郡課長も目を真ん丸くして、
「いったい何なんだこの騒ぎは」だって。
一応僕が「あ、先ほどの傷害の被疑者捕まえてきました、取調室借ります」
ひかるさんが、「こっちの喧嘩も連行しました」
粟飯原さんにいたっては「えぇと、こっちがチンピラ同士の喧嘩、こっちは売春希望の女子高生、えぇと・・・貴方何悪い事したんだっけ」
なんて始末。正月もなしだなこりゃ、それは警察になったときから覚悟してたけど。
ぼくはさっさと事情聞いて留置所係に任せて書類の整理をはじめた。ひかるさんも釈放したみたい。郡課長と粟飯原さんは相変わらず人を捌いてる。騒ぎが収まったのは昼過ぎになってからだった。
「まったく朝からなんだってんだよまったく!」そういいながら夜勤明けの耀さんも帰っていった。
「まぁいつもの事だがな。この時期は年末だから皆テンションが上がりすぎるんだろ」
確かにそうかもしれない。でも僕が思っていた以上だった。
第2章 セルリアンタワー殺人事件 3
事件が終わったので、神ノ木君と一緒に帰ることになったあたしに、神ノ木君が話しかけてきた。
「僕ら、結局何の捜査もさせてもらえませんでしたね。所轄ってそんなもんなんですか?」
あたしも同感だった。自分の管轄で起きた事件なのにどうしてって。でもそれを敢えて言わずに答えた。
「殺人事件の捜査をしたかったら捜査一課に行くことね、とにかく上司ヨイショして気に入られればいけるんじゃないかしら?」
それを聞いて神ノ木君はうつむいてた、そうだ、彼はキャリアだった。
「僕は、キャリアなんでそんなことありえるかどうか。だって、捜査一課ってノンキャリアの独壇場じゃないですか、現在捜査一課にはキャリアは楠管理官しかいないし、それに、かなりの特例だったみたいですからね。ひかるさんは、捜査一課に行く可能性があるじゃないですか、少なくとも僕よりは」
そうだ、神ノ木君が捜査一課に行くなんて普通じゃ考えられない、それに引き換えあたしはまだチャンスがあるからまだいいのかもしれない。
したら、後ろから耀さんが声かけてきた。
「おう、神ノ木に芳形。事件も解決したことだし、いっぱいやっていくか?」
おっ、いつもは厳しい顔してる耀さんが穏やかな顔をしている。これはもう行くしかないでしょ。
「輝さんのおごりならご一緒します、ねぇ神ノ木君」
「え・・・えぇ」
商談成立。3人は明治通りにある『北海道』に入った。
まずビールとおつまみを適当に注文して私は耀さんに愚痴をこぼした。
「結局、あたしたち何の捜査もさせてもらえなかったんですよ、酷くないですか?うちの管轄の事件なのに」
そういうと耀さんはまるであたしをなだめるように言い始めた。
「あのなぁ、この事件はお前たちの事件なんだぞ。本部と捜査員との連絡要因、それも刑事の仕事だ。手錠をかけるのは捜査一課がやればいい、俺たちは犯人を追う兵隊だ。それが、所轄ってもんなんだ」
耀さんがいうと説得力がある。そうやって考えれば特捜本部にも入れたし、事件の解決に参加したと言うことね。
「そのうち、もっと分かる。俺たち所轄の現実がな。芳形、捜査一課に行きたいなら今与えられている仕事をきちんとこなすことだ。与えられた仕事もまともにやらないで捜査一課にいけるなんて甘いもんじゃねぇ」
「そうですね。。。今の仕事をきちんとやることですよね。」
そう納得していたら、粟飯原係長も合流した。
「悪い悪い、さっきまで一課の連中と裏付け捜査してたから。神ノ木に聞いたらここだって言うから」
やあだ、神ノ木君ったらいつの間に連絡してたのよ。でも、全員そろうのも良いかもね。
「犯人逮捕したのに、まだ捜査してたんですか?」
神ノ木君が聞くと、粟飯原係長はこう答えた。
「裏付け捜査ってのは被疑者の行動を裏付けるものを探すってやつだ。刑事ってのは派手な仕事ばかりじゃない、こんな地味な仕事だってあるんだよ。でもな、耀さんがよく言うんだけど、与えられた仕事をきちんとこなす、これが警察官の仕事だ。」
「えぇ、さっき耀さんに聞きました」
係長も耀さんと同じことを言ってる。しかし、もっと驚いたのは係長の経歴だった。
「俺はな、刑事になる前は新島の駐在だった。刑事になりたくて警察官になったのにって最初はふてくされてたよ。しかしな、その新島に警察官は二人、新島の治安を護るのは俺達しかいないって言う自覚を持って3年間全うしたよ。それが認められて晴れて28歳のときに刑事になったってわけだ。」
知らなかった。捜査一課でカミソリ刑事と呼ばれていた係長が駐在だったなんて。そんなところで係長は3年間やってたんだと思うと、さっきまで愚痴ってたあたしは自分が恥ずかしくなった。
「係長、まだ神ノ木も芳形も刑事になったばかりだ、最初は気合入れすぎてから回りしてるんだろうよ。たんこぶが出来ないと、そんなもんだ。」
耀さんが話すと神ノ木君が「たんこぶ・・・ですか・・・。」と一言。あたしもわけが分からなかった。
「刑事をやっていくうちに、被害者の家族だけではない。われわれ刑事も傷つくことがある。しかし刑事は傷ついている場合じゃない。お前達にはまだそれがないだろう、これもそのうち分かるときが来る」
刑事が傷つく・・・そんなことあたしは考えたこともなかった。刑事は恨まれてナンボなんてのはよく聞くけど、傷ついてナンボなんてねぇ。そう思ってたら係長が続けた。
「耀さんの言うとおりだ。刑事は傷ついて成長するってもんだ。勿論この俺にも大きな傷がある・・・。」
「・・・奥さんが、亡くなった事件ですか?僕もさっき聞きました」
確か、さっき神ノ木君にはこの話のさわりの部分だけ話したんだっけ。
「あぁ、俺もそのとき野方から応援捜査できたっけなぁ・・・係長と恵ちゃんが捜査一課にいて、この渋谷西署で捜査したんだよな・・・あれは無念だった・・・。」
これが、粟飯原係長の「たんこぶ」なんだろう、奥さんを失う辛さったらほかにないもの。粟飯原係長が怒りをあらわにして話してくれた。
「まだ犯人の目星も立っていないんだ。俺は諦める訳には行かない。犯人は俺が絶対に逮捕する。これは俺じゃないと駄目なんだ。それに、俺は今でもメグと一緒に捜査をしている。俺にとっては最高のパートナーだからな」
と言って、警察手帳に入っていた奥さんの写真を見せてくれた。制服姿と、私服姿の二枚。
「そんな・・・何故奥さんが殺されなければならなかったんですか!」
神ノ木君は涙目だ。しかし、恵さんも刑事だった。本人にも覚悟はあったんじゃないかと言うのがあたしの考え。
「そう考えると、あたし達死と隣り合わせの仕事してるんですよね」
「その通りだ。テンテンも神ノ木も、それをわきまえてこれからも捜査に当たってほしい。さて、今日はとまりは盗犯係に代わってもらったから帰るか。」
係長のその一言で御疲れ様会は終わって各々家路に付いた。
第2章 セルリアンタワー会社役員殺人事件特別捜査本部 2
あたしたちが刑事課に戻ったときは神ノ木君は緊張のせいか気持ちはしゃいでた。
「どんな仕事になるんですかね?初めての捜査でわくわくしますよ」
なんていいながら。あたしも刑事になったばかりのときはそうだったから他人のことは言えないけど。
実際緊張してるのはあたしも同じ。小さな事件をたくさん取り扱っては来たけど本庁が乗り込んでくるなんて初めてだし、特捜本部も初めて。そんなことを考えていたら課長が帰ってきた。
「え~捜査の割り振り決まりました。粟飯原君と耀さんは捜査一課の刑事と組んで聞き込みをお願いします。芳形君と神ノ木君は本部の連絡要因。後の方は通常業務に戻ってください。」
課長の話を聞いてあたしは愕然とした。うちの管轄で起きた事件なのに捜査させてもらえないなんて!それは隣にこぶしを握り締めていた神ノ木君もきっと同じ気持ちなんだろうな。して、まだ電話もならないだろうし自分の席に着いた。
「ねえ神ノ木君。あたしたち何の捜査もさせてもらえないのかしら・・・」
なんて愚痴っていたら神ノ木君も悲しい顔をして、
「それはこっちが聞きたいですよ。特捜本部なんて僕はこの先来ることなんてないと思うから絶好のチャンスだったのに・・・。」
そうだ、神ノ木君はキャリアなんだ。あたしはこの先捜査をさせてもらえる日が来るかもしれないけど神ノ木君はないかもしれない。それはそれは悔しいだろう。神ノ木君はこう続けた。
「もっと情報を公開して開かれた犯罪捜査にしないと駄目ですね。所轄の刑事を蚊帳の外なんて何のための所轄の刑事かわかんないですから」
神ノ木君まで愚痴り始めたところで出発する輝さんに一喝された。
「おまえらが捜査に参加できないのはまだお前らが未熟だからに決まっているだろ!特捜本部ってのは所轄でやってる捜査とはわけが違う。凶悪なだけに一刻も早く犯人を捕まえないといけない。それには長年の経験が必要になってくる。芳形、お前もそのうち分かる」
一喝されたつもりが諭された。そう見ると耀さんはいかにもベテラン刑事って感じがする。そのうちあたしたちが暴走したら「カツ丼たべるか~?」なんていってきそうな感じ。
数時間後、本庁の刑事から電話がかかってきた。
「たった今、被疑者を逮捕した。これから本庁に連行する。課長にそう伝えてくれ」
驚いた。折角何か手伝えると思ったのにもう事件解決。会議室にいる神ノ木君に内線で伝えると、
「えぇぇぇ!もう終わったんですかぁ?」なんて驚いてた。
それを聞いた一課の刑事はそそくさと渋谷西署を引き上げてしまった。
それで一課の刑事がいなくなった会議室を片付けて今日一日は終わってしまった。
