「おはようございますっす!メイちゃん、シキちゃん!」

「おう、おはよう」

「おはよう、桜小路さん」

学校の1日はいつも、桜小路さんのあいさつから始まる。私とメイは、お互いにおはよう、なんてもう言わないけれど、彼女は毎日しっかりあいさつしてくれた。笑顔もすごくかわいくて、私も見習いたいくらい。

「この前のゲーム大会、楽しかったっすね〜」

「ま、まあな。…クゥクゥセンパイの部屋にも入れたし…えへへ…」

「ん、なんか言ったっすか?」

「な、なんでもねえよ!」

顔を真っ赤にして否定するメイを見るのはいつものこと。桜小路さんがカバンを背負い直して話を続ける。登校しても、ホームルームまでとくにすることはないので、桜小路さんとのお話が最近は楽しみになっている。

「そういえば、メイちゃんって、靴下履いてたんっすね!」

「へ?靴下…?」

「そうそう!ゲーム大会のとき、なんか黄色くて短い靴下履いてたっすよね!

そう言いながら、桜小路さんがメイの足元をのぞこうと体をかがめた。その瞬間、メイの足がささっと動く。メイは普段、私の席と反対側にカバンを掛けているせいで、桜小路さんのいる向こう側は足元が隠れているけれど、私の方は丸見えだった。そのおかげで、メイのヒミツは、今のところ私だけが知っている…はず。

「ま、まあな…」

「今も、履いてるんすよね?きな子、てっきりメイちゃんって靴下履かないでローファー履いてるんだとばかり思ってて」

「そ、そうなのか?」

桜小路さんが足元の話をするたびに、メイの足元も動いていった。桜小路さんが来る前、メイはローファーを脱いで、その上に足を載せていた。…何も履かない、素足だった。それが、桜小路さんがおはようって言って、メイの靴下の話をした途端に、素足をさっとローファーに突っ込んで、かかとまでしっかりと履いてしまったのだ。

「どうして、長い靴下じゃないんすか、メイちゃん?」

桜小路さんはなおも純粋な表情で聞いてくる。決してからかいたいとかではないんだろうけれど、メイにとっては恥ずかしい質問のようで。

「べ、べつに、理由とかねえよ。…ただ、長い靴下って、足が締まる感じがして苦手っていうか…」

メイはまた顔を真っ赤にして、あわあわさせながら答えていた。…やっぱり、メイってかわいいな。

「そうなんすねえ。きな子はいつもタイツだから、締まってるのが普通なんで、そんな感覚もあるんすね!」

「ま、まあな…」

メイは視線を桜小路さんから逸らして話を進める。話が落ち着いてきたからか、真っ赤っかだった顔は次第に元通りになっていった。

「ちなみに、今日ってどんな靴下なんすか?きな子、あんな感じの靴下持ってなくって!」

「きょ、きょう?!」

メイがまたあわあわし出す。それもそのはず、今日は履いてないんだから。別に隠すようなことじゃないはずなんだけれど、メイはなかなか靴を脱がない。

「はい!この前のもかわいいなって、思ってて!」

「か…かわいい…」

机の下で足を揃えてもじもじするメイ。その様子もかわいい。もじもじするたびに、結んだ髪もゆらゆら揺れる。

「はーい、おはようございます!ホームルーム始めるよー」

「あ、先生来ちゃったっすね、また後でっす!」

そう言って、桜小路さんは前の方の席へ歩いていってしまった。メイは、ようやく緊張がほぐれたように、机に突っ伏して、はああ、と息を吐いている。

「…どうして言わなかったの?今日は履いてないって」

「そ、そんな言い方したらなんかおかしいだろ?!…な、なんか恥ずかしくってよ…」

「どうして?足元は自由にしていいんだって、メイ、入学前に言ってたでしょ?」

「そ、そうだけど…」

向こうを向いて、もじもじするメイを見て、またかわいいって思ってしまった。

 中学生のときは、学校の決まりで白いハイソックスを履かなければならず、メイはよく文句を言っていた。その反動か、学校が休みの日に会うときは、素足にサンダルや靴を履いてくることが多かった。それが、この高校を受けようってなったとき、説明会でもらった校則(抜粋版)に、靴下や靴の決まりが緩いことがわかったメイは、少しホッとした様子だった。それよりも、あのアイドルグループの存在の方が大きかったと思うけれど。

 ホームルームが終わって、1時間目、教室での授業。桜小路さんに見られるのを防ぐためにローファーをきちんと履きなおしていたメイだけれど、それもすぐに元通り。授業が始まって10分もすると、メイはほおづえをつきながらまじめに板書をノートに取りつつ、足元をごそごそさせだした。ローファーのかかと同士をすり合わせて、両足のかかとをローファーから出した。現れるのは少し赤くなった素足。そのまま、ローファーのかかとを床につけて、一気にスポッと脱いでしまう。メイのいつもの靴脱ぎルーティンだ。慣れているのか、これをほとんど音を立てることもなく、一瞬のうちにやってのけてしまうから、私も気づかぬうちに、いつの間にかメイは素足になっている。ローファーを脱いだメイは、その上に素足をのせて、また板書を取り出した。足の指がふにふに、くねくねとかわいらしく動いている。けれど机の上はいたって真面目にノートをとっている。確か水の上に浮かぶアヒルも、見えてるところは動いてないようだけれど、水中では足をバタバタさせているんだっけ。ふと思い出す。エルチューバーのあの子みたいに、この様子を動画で撮ってあげたいけれど、きっと消されてしまうだろうな。いやスマホごと吹っ飛ばされるかも…。それは嫌なので、自分の目に焼き付けておくことにする。夏の制服に、何もはかない裸足の足元。その下で踏まれているローファー。すっごく絵になるな。

 

 「やっとおわったなー!四季、部室、いくぞー」

「あ、うん、いく」

一日の授業が終わって、放課後の時間。今日もスクールアイドル部の練習があるので、終わったらすぐに部室へ向かう。授業中はほとんどの時間をローファーを脱いで過ごすメイだけれど、終わりが近づくとまたきちんと履きなおしていた。なので、授業中メイが靴を脱いでるのを知っているのはたぶん、私だけだろう。移動教室のときは、我慢しているのか、絶対にローファーを脱がないんだもんな。

「メイちゃん、四季ちゃん、おつかれっす!先、アップしとくっすね!」

部室近くの更衣室へ向かうと、ちょうど入ろうとしたところで桜小路さんと鉢合わせ。教室にいないなって思ったら、ホームルームが終わった途端にここへきて着替えていたらしい。やる気、十分。

「どうやら、先輩たちはもう来てるみたいっすよ!二人もはやくはやく!」

「お、おう!すぐいくよ!」

桜小路さんを見送って、私とメイも急いで着替えに取り掛かる。メイがローファーを脱いで、着替えようとしたそのとき、再び更衣室の扉が開いた。

「忘れ物したっす!」

「あ…」

「えっと、あ、あったあった!この水筒がないと、きな子、しんじゃうっすよー…ってあれ?」

一度更衣室を出ていった桜小路さんが、すぐまた戻ってきてしまった。安心して、ローファーを脱いで着替えようとしていたメイ。その足元の異変に、気づかれてしまったらしい。

「…メイちゃん、靴下は…?脱いじゃったんすか?」

今朝の話があって、メイの足元には敏感になっていたらしい桜小路さん。不思議そうにメイに聞いた。メイはというと、また頬を赤くして、フリーズしてしまったらしい。かすかにフルフル震えている。

「…メイ、いつもは靴下、履いてないよ。ゲーム大会のあのときは、特別」

「あ、ちょ、四季…!」

メイが一向に口を開こうとしなかったので、言いにくいのかなと思って私が代わりに答えることにした。

「あ、やっぱり、そうなんすか?そっちのほうが、メイちゃんらしいっすよね!」

「え、…わ、私らしい…?」

思いがけない桜小路さんの言葉に、きょとんとするメイ。

「そうっす!うまく言えないけど、裸足の方が、メイちゃん、すごくかわいいと思うっすよ!」

「んな、か、かわいいって…!」

「私も、そう思う。メイの足、かわいい」

「ちょ、四季まで…!ふ、2人でそんな、あんまりからかうなよ…!」

メイはすっかり顔を真っ赤にしてしまって、制服に、裸足のままその場にうずくまってしまった。その横によりそう私と桜小路さん。

「からかってないっすよ!本心をいっただけっす!自信持ってください、メイちゃん!」

「そうそう。メイはかわいいんだから」

「だ、だから…!あー、もう!先輩たちも待ってるだろうし、早く着替えていくぞ!」

「了解っす!きな子、先に行ってるっすね!」

その場の空気を一気に吹き飛ばして、メイは立ち上がった。こういうところは、潔くってかっこいいと思う。そして、まだちょっと照れてるっぽいのが、またかわいい。

「…なんだよ」

そんなメイをずっと見ていると、テキパキと練習着に着替えながらメイがボソッとつぶやく。

「…靴下、今度から履く?」

「またそれかよ。…別に、履く必要がないんなら、履かなくていいんじゃねえか?」

「うん、そのほうが、かわいい」

「な…!も、もう!さきいってるからな!」

メイはそう叫ぶと、素足のまま練習用のシューズを履いて飛び出してしまった。なんだかんだ言っても、きっとメイは嬉しいんだろうな。いけない、早く着替えていかないと。今日の練習もハードな内容になりそうだ。

 

おわり