「はあー、きもちよかった!」
「終わっちゃったねえ、自由時間が一番楽しかったな」
プールの授業も終わり、更衣室へ。体を拭いて、制服に着替える。私も最近、プールが終わってしばらくの間、靴下は履かずに過ごすことが多いので、靴下はバッグの中に入れたままだ。東戸さんは更衣室真ん中に置かれたベンチに座って、足をぶらぶらして待っていた。肩まで伸ばした髪はまだ乾ききっていないのか、しっとりとしている。
「東戸さん?もう塗っちゃって大丈夫?」
そんな東戸さんのもとへムヒを持っていくと、嬉しそうな、ちょっといやそうな表情を向けた。
「うん、大丈夫・・・。でも・・・」
「でも?」
「西野さんに、塗って、ほしいな・・・」
「えー、これを?」
「うん・・・」
プールの後は給食だ。今週は二人とも当番ではないので、いただきますに間に合えば大丈夫。あたりからクラスメイトの姿がなくなると、東戸さんはベンチの上に両足を上げて、体操座りの状態に。彼女の前に回ってしゃがむと、重力に逆らうことのないスカートがベンチにペタンとついていた。
「・・・東戸さん、スカート・・・」
「あ、ごめん、ね!」
私が言うと、東戸さんは慌てて手でスカートを押さえる。ようやく足に集中すると、プールサイドや更衣室の砂やホコリが足の指に少しくっついているのがまず目に入る。プール前は真っ黒に汚れていた足だったが、プールのシャワーなどですっかり落とされてしまったらしい。そして右足の親指は、今朝と同じく赤くぷっくりと腫れている。左足の中指も同様だ。よりによってこんなところを刺してくれた蚊さんに感謝したい。
「それじゃ、塗るよ・・・」
「一気に、お願い・・・!」
ぴと。ぬりぬり。
「ひゃうん!ふわああああああああ」
誰もいない空間という意識もあるのか、先程教室で聞いたものより幾分か大きな声を上げる東戸さん。誰か聞いてたら何をしてるんだってなるんだろうけど、安心してください、ムヒを塗ってるだけなんです・・・。
「ああああああ・・・・。おわった・・・?」
「うん、塗れた、よ・・・。あとはこっちかな」
そう言って、左足のそれも指さす。東戸さんはそれを見ると、
「あ、こっちも刺されてたんだ・・・」
どうやら気づいてなかったらしい。さっき塗ってなかったっけ・・・?
「そうだよー。もっかい、我慢ね!」
ぎゅっと目を閉じる東戸さん。同時に、足の指10本もぎゅっと丸まった。中指の虫刺されの部分が伸びていく。そこにムヒを、ぴと、ぬりぬり。
「ひゃっ、ふわ、ふわわわわわわあああああ・・・」
「だ、大丈夫?」
そのまま気を失いそうな東戸さんだったが、なんとか気を取り直して、
「はあ、はあ、あ、ありがとう・・・」
「よくがんばったね・・・!」
「うん、すごく、スースーする・・・」
そう言って、指をのばしたりまげたりを繰り返している東戸さん。やがて落ち着いたのか、ベンチからぴょんと降りると、プールバッグを持って、
「ありがとうね!そろそろ、いかなきゃかな?」
「あ、ほんとだ!給食始まっちゃうよ!」
時計を見ると、もう配り終わってみんな食べ始めようかという頃だった。私たち2人がいないと不審がられてしまう。急いで戻らなきゃ!
「西野さん、はやくはやく!」
靴箱に残った最後の一足の上履きを取り出すと、それを履く時間も惜しく、私は上履きを手に持って、裸足のまま駆けだす東戸さんを、同じく裸足のまま追いかけ始めた。
「あち、あち、あっち!」
「あっつ!あつ、あつ!」
2人して、炎天下で熱されたコンクリートの上を弾みながら、校舎に入ってペタペタと教室までの廊下を急ぐ。午後も教室での授業があるが、東戸さんのことだからきっと素晴らしい足プレイを見せてくれるんだろう。それも楽しみだけれど、なにより楽しみなのは、やっぱり放課後のあれだよね・・・!
教室に着くと、みんなすでに給食を食べ始めていて、裸足のまま走ってきた私たちはヘンにみんなの視線を浴びてしまった。給食は近くの人と班になって食べる形式になっており、私と東戸さんは同じ班になっていた。端っこ二つが空いていたので、私たちの班は3人だけだった。ごめんね、みんな・・・!席に着いて、イスの下から足の裏を確認してみると、プールから教室までの道のりで、うっすら灰色にホコリで汚れがついていた。どうしようか迷ったけれど、昼休みになったら拭いてから上履きを履こうかな。とりあえずいまは裸足のままで過ごすことにする。上履きは机の下に置いて、裸足の足を机の棒にのせて給食を食べる。もともと上履きのない東戸さんはもちろん裸足のままで。机をくっつけているせいで足元は見えないけれど・・・。
午後の授業の一つは教室、もう一つは音楽室での音楽だった。音楽室は上履きのままで入る楽器室と、上履きを脱いで入る合唱室に分かれている。今日はリコーダーを使う授業らしいので、きっと使うのは上履きのままの楽器室だろうと思い、私は午後の授業を靴下を履かず素足のまま過ごすことにした。5時間目の授業前、周りを見るとかなりの女子は靴下を履いてしまっているが、数人だけまだ素足のままの子がいてちょっと安心。斜め前の東戸さんを見ると、掃除を通して午前中と同じくらい真っ黒になった足の裏を椅子の裏から見せてくれていた。私は、給食が終わってからの昼休みの間に持っていたウエットティッシュでしっかり足の裏を拭いて、素足のまま上履きを履いている。靴下もあるにはあるけれど、外の暑さからか東戸さんの影響からか、まだ履かなくてもいいかなと思っていた。授業中は上履きを脱いで、素足を机の棒にのせたり、足の指で机の足を挟んでみたり。ひんやりした金属製の机の棒は蒸れた素足にはかなり気持ちいい。東戸さんじゃないけれど、ふわああと声を上げてしまいそうだ。靴下を履いていては味わえない感触。東戸さんのおかげで知ることができた部分もあって、感謝感謝だ。
6時間目の音楽の授業に向けて教室移動。裸足のままの東戸さんと、上野さんと一緒に、廊下を歩く。東戸さんの足はやや汗ばんでいるのか、ペタペタとかわいらしい足音が、多くの上履きの足音に混ざって聞こえてくる。
「東戸ちゃん、虫刺されはおさまった?」
東戸さんの足に目線を向けつつ、上野さんが尋ねる。そんな上野さんはプールが終わって、先程まで靴下を履かずに過ごしていた女子の一人だったが、この休み時間の間にしっかり靴下を履いていた。なんだか残念・・・。
「うーん、まだ何となくかゆいけど、ムヒのおかげでなんとかおさまったよ・・・」
「ほんとに変なとこ刺すよねー。今夜は蚊取り線香付けとかなきゃね」
それから、今週末の話などをしていると、音楽室前に着いた。みんなが入っていく教室を見て、私は一瞬立ち止まってしまう。リコーダーの授業なので、てっきり楽器室での授業かと思ったが、みんなが入っていくのは合唱室。上履きを脱いで入る教室だった。私はいま、素足に上履きを履いている。このままでは裸足になって中に入らなければならない。みんなの前で裸足になるなんて、まだちょっと恥ずかしい・・・!
「あれー、今日って合唱室なんだ?」
東戸さんも楽器室での授業だと思っていたらしく、教室前で立ち止まって、真っ黒になった足裏を見て困った様子。
「西野さん、どうしよう、足、よごれちゃってる・・・」
私もどうしようかとハラハラしている時に、東戸さんの足裏問題も発生してしまった。私はともかく、東戸さんをそのまま、みんなが上履きを脱いで上がる教室にあげるわけにはいかない。東戸さんの足跡が、合唱室のカーペットについてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってね!」
私はそう言って、近くのトイレに入ると、なるべく新しめの雑巾を濡らして戻っていく。東戸さんは合唱室入り口のいすに座って、準備万端だった。
「西野さん、お願いします・・・!」
「おっけ!いくよ・・・!」
「ふ、ひゃうん!」
手早く東戸さんの両足を掃除し終わると、東戸さんは嬉しそうに裸足のままで教室に入っていく。カーペット敷きの床なので、これまでのタイル張りの廊下より足触りは優しいらしい。授業はもうすぐ始まるので、私も意を決して上履きを脱ぐと、裸足のまま教室に足を踏み入れた。素足に上履きを履いて授業を受けたことは何度かあるが、こんな風に裸足でみんなと授業を受けるのは初めてだった。みんなの視線が私の裸足に注がれているようで、とても恥ずかしい・・・!しかも周りを見てみると、それまで靴下を履いていなかった女子も、みんないつの間にか靴下を履いていて、裸足なのは男子も含めて私と東戸さんだけだった。な、なんでみんな靴下履いてるのよ・・・!外はこんなに暑いのに・・・!
先生に何か言われないかと心配だったが、出席を取って、授業は何事もなく始まった。しばらくは全体での曲練習だったが、その時は唐突に訪れる。
「はい、それではみなさん、今まで練習していたこの曲ですが、2人ずつペアになって、テストをしていきたいと思います。前の私のところへ来て、AパートとBパートに分かれて演奏してくださいね。ペアは出席番号で決めたいと思います。まず一組目が・・・」
いきなりのテスト!それも教室前方の先生の前で!何も隠すものがないので、先生の前に立つと裸足であるのをみんなに見られてしまう!テストは今回と次回に分けて行われるらしいので、なんとか次回に回してくれないだろうか・・・!
「・・・次が、東戸さんと西野さん、そして・・・」
運よく、私と東戸さんは一緒に吹けることに。斜め前の席に座っていた東戸さんが嬉しそうに振り向いた。東戸さんのリコーダーの腕はよくわからないけれど、これまでの練習の様子を見ていると、人並みにはできるらしい、私も、すごくうまいってわけではないけれど、そこそこはできるかなという感じ。
「はい、それではさっそくテスト始めます!いつも前からなので、たまには後ろから・・・」
まって、後ろからということは、私たちのペアは5番目。授業時間はまだ半分以上残っている。高確率で順番が回ってくるではないか・・・!
「テストの時間までは、ペアで練習していてくださいね。では最初のペア、渡辺くんと横田さん、きてください!」
くるな、くるなと思いつつも、東戸さんとパートを分けて練習していると、テストは順調に進み、とうとう私たちの順番が来てしまった。
「では次、西野さん、東戸さん、きてください」
「あー、呼ばれちゃった・・・。西野さん、いこー」
「う、うん・・・」
それまで、イスの下で小さくしていた素足を外に出し、毛羽立ってざらざらするカーペットの上を歩く。先生の所に行く間、みんなの視線を足に集めている気がして、顔が赤くなるのを感じていた。私の素足、そんなに見ないで・・・!
「はい、西野さんと東戸さん・・・あら、2人とも裸足なの?」
「はいー、えへへ、暑いからですねー」
東戸さんは照れたように頭をかいている隣で、私は先生に裸足なのを指摘されて、さらに顔がほてる。みんなの視線がこちらを向いているようで、みんなの方を向けずにいた。もうこうなったら早く終われ・・・!
「涼しそうでいいわね。どちらがAパート?」
「あ、私です!」
「西野さん、ね。それでは、お願いします」
演奏は練習の甲斐もあって、一度もつまずくことなく終えることができた。先生の評価も、一番いいAを二人とももらえた。緊張と恥ずかしさでいっぱいいっぱいになった私は、席に着くと一つ大きく息をつく。
「おわったねー。西野さん、緊張してた?」
「う、うん、緊張もあるけど・・・」
「けど?」
「あ、いや、ううん、なんでもない!」
首をかしげる東戸さんをかわいいなあ、いやされるなあと思っていると、チャイムが鳴って音楽の時間は終わった。この後は教室に戻って終わりのホームルーム、そして放課だ。授業が終わると、私は東戸さんに続いて上履きに素足を通し、かかとまでしっかりと履くと、裸足の東戸さんと一緒に教室へ戻ったのだった。
「西野さんー、一緒に帰ろー」
放課後、東戸さんのおさそい。机の中の教科書を片付けていた私は、
「いいよー。明日英語の小テストらしいけど、どうしよう?」
「うーん、私、けっこう今度の範囲ニガテだなー。・・・よかったらウチこない?」
ホームルームにて、先生から翌日の英語の小テストを告げられた。私も東戸さんも、今回の範囲は少し心配・・・。東戸さんからのお誘いなので、断るなんてもったいない!
「いいの!?いくいく!」
東戸さんの家は久しぶりだ。絶対行きたい!
「やった!西野さん、このままいける?」
「うん、ちょうど教科書と問題集もあるし、このままいけるよ!」
ということで、直で東戸さんの家を目指すことに。音楽の時間で疲れていた私だったが、一気に回復!裸足のままの東戸さんと、昇降口へ。
「西野さん、結局ずっと靴下履かなかったねえ。うれしいなー」
「・・・でも、音楽の時間はちょっと恥ずかしかったな・・・」
「大丈夫だよー。先生も何も言わなかったじゃん?私もいるし!」
そうなだめてくれる東戸さんがすごくうれしくて。私は靴箱につくと、素足のまま、通学用のスニーカーに足を通す。今日はこのまま、靴下は履かずに帰りたい気分だった。
「西野さんー、何度もごめんね・・・!」
「あ、そうだったね!」
振り返ると、東戸さんがイスに座って、足裏お掃除の準備万端だった。私はウエットティッシュを取り出すと、いつもよりやさしく、灰色がかった東戸さんの足の裏を、掃除していく。右足の親指を見ると、朝よりは収まったものの、まだ赤く、ぷっくりとはれができていた。
「・・・よし、終わったよー」
「あ、ありがとう・・・!いつもよりなんか、気持ちよかったような・・・」
「あ、お姉さん!こんにちは!」
「あら、妹ちゃんだー。こんにちは!」
学校帰り、お友達と別れた後、家までの道を歩いていると、西野先輩と一緒に歩く姉を見つけた。午後の日差しの中、半ばぐったりした様子で歩いていた。姉はまあいいとして、西野先輩の足元を見ると、白い通学用のスニーカーを素足のまま履いているらしかった。
「・・・お姉さんも、素足、なんですか!?」
あたしがそう尋ねると、西野先輩はちょっと恥ずかしそうに、
「えっ!?あ、そ、そうなんだー。今日プールあってねー」
プールがあった日はやはり素足率が高くなりがちなのはどの学校も同じみたい。なにより、西野先輩の素足履きが見られたことが私にはすごくうれしい。西野先輩も素足履き、するんだ・・・!
「今日はこれからどこかいくんですか??」
「うん、明日テストがあるらしくってね、東戸さんと一緒に勉強会なんだー。おじゃまするね!」
「わあ、うれしいです!ちょうどおいしいお菓子があるので、一緒に食べましょう!」
「ほんと!?嬉しいな」
「そ、そんなことより、早く帰ろうよー。あっついよー」
暑さで溶けそうな姉の手を引き、まだまだ暑い日差しのもと、汗をかきながら家路を急ぐあたしたちだった。
つづく