「姉―、朝だよー」
平日の朝、あたしがいつもの時間になっても起きてこない姉を起こしに部屋に入ると、姉はタオルケットを完全にはだけて、抱き枕に抱き付いて気持ちよさげに眠っていた。枕もとには、何度も止められたと思われる目覚まし時計が転がっている。セット時刻は7時ちょうど、でももう時刻は7時半を回っている。いい加減起きないと遅刻しちゃう!
「ちょっと、起きて・・・!」
無理矢理抱き枕をひっぺがすと、姉はようやく眠い目をこすって体を起こした。
「むう・・・。もう朝・・・?」
「そうだよ!7時半!」
「7時半・・・まじ!?」
「めっちゃまじ!急いで!」
「あわわわわ・・・」
日ごろからそんなに動きが機敏ではない姉なので、寝坊した朝はあたしがかなりサポートをしてあげねばならない。姉が階下に歯磨き・顔を洗いに行っている間に、制服や着替え、学校への持ち物を一通り準備する。夏だから、制服の半そでセーラー服にスカート、靴下は・・・いらないと思うけれど一応準備。学校カバンに、時間割を見ると体育の水泳があるようなのでプールバッグも。髪をある程度整えて姉が再びやってくると、着替えを手伝っていく。
「む・・・なんかかゆい・・・」
「え?どこ?」
「足の先・・・」
わたわたと着替えをする姉がそういって、右足の親指をかく。みると、ほかの足と比べていくらか赤くなっている気がする。
「姉、もしかして・・・」
「ち、ちがうよ、まさか水虫なんて・・・」
「いや、そうじゃないと思うけど・・・」
それ以降かゆみは収まったようで、着替えを続け、起床から15分ほどで登校の準備が出来上がった。
「姉―?靴下は?」
カバンを持って、素足のまま部屋を出る姉に声をかけるが、
「靴下?今日は暑いし、プールあるからいらないよー」
「おっけー」
そう言って、あたしはタンスに靴下を戻す。もともと靴下嫌いな姉なので、持っている靴下はというと、学校用に3足、私服用は2足。それだけ。あまり履く機会がないので、どれも新品同様に眠っている。
そんなあたしも、今日は半そでTシャツにショートパンツ、素足のままランドセルを背負って、部屋を出る。かれこれ靴下を履かなくなって3か月が経とうとしている。確か最後に履いてたのは、6月初めだったような・・・。雨が多くなるのと合わせて、あたしは素足履きにチェンジする。だって、素足で靴を履くのって気持ちよくって大好きだから。きっと姉もそうなんだろう。あまり話したことはないけれど。
「ちょっとー、パンくらい食べていきなさい!持たないわよ!」
朝ご飯を食べる間もなく玄関へ向かう姉に、お母さんが声をかける。その手にはテーブルロール。
「あ、ありがとう!いただきます・・・!」
素足のまま、通学用のフラットシューズに足を通しながら、テーブルロールをパクパク。一瞬で食べてしまうと、すかさず渡されたミルクを一気に飲んで、
「いてきまーす!」
「まったくもー、まってよー」
「ふたりとも、ちゃんと周りを見て歩くのよ!」
あたしも、夏の登校用に買った、生地が薄めのスニーカーに素足を通し、
「気を付けるよ!いってきます!」
「いってらっしゃい!」
夏の日差しが強く照り付ける中、姉の背を追って家を出た。途中の交差点で姉を見送ると、あたしは待っていた友達と合流する。振り返ると、姉も学校のお友達、西野先輩とちょうど会えたようだった。今日も暑い日になるそうだけれど、プールもあるし楽しみだ!
「おはよー、東戸さん!・・・なんか髪、ぼさぼさじゃない?」
「おはようー。うん、なんか目覚ましの調子が悪くてねー。起きたの7時半だったよー」
「めっちゃ急いで準備してきたんだね・・・」
9月になっても、なかなか暑さは弱まらない。今日も最高気温は30度を超える予想らしく、一刻もはやくプールに入りたい気持ちだ。結構泳ぎも得意なので、この時期の体育は楽しみにしている。
「・・・東戸さん?どうかした?」
途中の交差点、信号待ちをしていると、東戸さんがおもむろに履いていたフラットシューズを脱ぎ、足の先を手でぐにぐにと触っていた。相変わらず、今日も素足だ。夏休みが明けてから、まだ一度も東戸さんが靴下を履いているのを見たことはない。もちろん、クラスで靴下を履いていないのも彼女だけだった。プール後には一時的に増える素足女子だが、帰るころには私も含めてみんな靴下を履いてしまうのだ。
「え?ううん、なんでもないよ、えへへ・・・」
そう言って、あわてた様子で素足をシューズへ突っ込む。一度かかとを踏んで、また手で履きなおす。ひとつひとつの動作がとてもドキドキする。そのまま一刻も早く日差しから逃れたい思いで、やや急ぎ足で校門をくぐると、昇降口へたどり着く。日陰に入ると、体感温度がだいぶ涼しく感じる。
「ふう、ついたー。あっついねー」
「ほんとだよー、汗かいちゃった・・・」
本当に暑そうな顔で、手で風を起こす東戸さん。足元を見ると、フラットシューズを脱いで素足のまま、すのこの上に立っていた。暗がりに慣れてきた目でよくよくみると、右足の親指の先が赤くなっている。左足の、中指の上の方も。
「・・・東戸さん、上履きは??」
半ば事情を察しつつ聞いてみる。今日は水曜日だから、上履きを忘れてきたなんてこともないだろう。
「あ、いや、えーっと・・・」
「右足の親指、もしかしてそれって・・・」
「あ、いやまってまって、水虫なんて、そんなのじゃないよ、たぶん・・・」
足のことを指摘すると、途端に真っ赤になって否定する東戸さん。とってもかわいいけれど、もちろんそんなこと思ってなくて。
「いやいや!たぶんそれ、虫刺されじゃないかな?」
「・・・え?虫刺され・・・?」
「昨日、蚊とか飛んでなかった?部屋の中」
「そういえば、夜中ブーンってきて、目が覚めた記憶がある・・・」
「じゃきっとそれだよ!お薬、塗っとこうか?」
私がそう言うと、東戸さんはほっとしたように、
「よかった・・・水虫じゃなかった・・・」
そう小さくつぶやく。私も東戸さんが水虫もちなんていやだ。靴箱のいすで塗ろうかともおもったが、登校してくる生徒が増えたので、教室ですることに。幸いなことに、私のカバンにはこの時期ムヒがいつも入っている。
「それじゃ東戸さん、人多いし、教室いこっか!」
「わかったよー」
そう言って、シューズを靴箱に入れ、裸足のままついてくる。
「ちょちょ、上履きは??」
「だって、かゆくって、そんなの履いてられないよ・・・!」
そう言いつつ、右足の親指の先を左足に当ててこしこし・・・。いつも脱いでるからあまり変わらないんじゃないかとも思ったが、東戸さんがそうしたいのなら、今日はそうしよう。
「おけ!じゃあ画びょうとか踏まないように気を付けてよ!」
「もちろん!」
自然な流れで、東戸さんを先に行かせる。登校ラッシュなのか、階段を上る生徒は多い。みんなが上履きに靴下を履いている中で、何も履かない、裸足なのは東戸さんだけ。私も、短めではあるが白ソックスに上履きを履いている。見慣れないのか、東戸さんの足元を見て、驚いた様子で彼女の顔を見る生徒はまだ多いけれど、始めのころに比べれば減ったような気がする。きっとほかのクラスでは噂になっているんじゃないかな。『2年生に、裸足のかわいい先輩がいるよ』なんて。
教室に着くと、それぞれ自分の席に座る。私は廊下側の一番後ろ、東戸さんは廊下から2列目の後ろから3番目。授業中は私の席から東戸さんの様子がとてもよく見える位置だった。普段なら素足に上履きを履いて登場する東戸さんだったが、今日はその上履きすらもない完全な裸足だったので、東戸さんの周囲のクラスメイト達はなにがあったのかと見つめている。私の二つ前、東戸さんの隣の子、上野さんが声をかける。
「東戸ちゃん、今日裸足?上履きなくなったの?」
「え?ううん、ちょっと、虫刺されが・・・」
そう言って赤くなる東戸さん。椅子の下では素足をぎゅっと縮めている。足の裏がこちらを向いているが、すでにみんなが歩く廊下を通ってきたせいで、灰色に汚れがついていた。
「虫刺され?あー、かゆいよね、あれ。どこ刺されたの?」
「親指、なんだ・・・」
そう言って、東戸さんは両足ともにイスの上にあげて体操座りの姿勢になると、右足の足先を手で触ってみる。
「親指?また変なとこさすやつだな・・・。薬、ある?」
「うん、西野さんがもってて」
「あ、西野ちゃん?」
私の名前が呼ばれたので、カバンの中からムヒを持って東戸さんのもとへ。
「はーい、ムヒだよー。自分でできる?」
「あは、西野ちゃん、お母さんみたいだね」
「う、うん、自分で、やってみる・・・」
そう言って私の手からムヒを受け取ると、体操座りのままキャップを取って恐る恐る親指の先へ。先程は全体が赤くなっていたが、今はその先端がぷっくりと赤くはれていた。かゆみもあるということだし、虫刺されなんだろう。水虫じゃあこんなとこが赤くならないんじゃないかな・・・。
周りのクラスメイトに見守られながら、ムヒを震える手で先端に、チョン。
「ふ、ふわああああああ」
途端に気持ちよさそうな声を上げる東戸さん。場所を意識してか、いつも昇降口で出す声よりは抑えめだったが、周りがドキドキするくらいには、その声は響いた。
「と、東戸ちゃん、なかなかなまめかしい声を・・・」
「ご、ごめんね・・・。なんか私、足だけ敏感に反応しちゃって・・・」
「い、いいんだよ、でももっと塗っといた方がいいんじゃない?」
上野さんがさらに塗るように提案すると、
「そ、そうだよね、これじゃ少ないよね・・・」
東戸さんはムヒを持つ手に力を込め、さらにチョン、もう一回、チョン。
「ふ、ふわあああわあああ」
周りの男子の顔が赤くなり、空いた窓から廊下を歩く男子も足を止めるのが見える。私も、先程からの東戸さんの行動にかなりドキドキしていた。朝からかなりのものを見せてくれている気がする。
その後、左足の虫刺されにも同じように薬を付けると、少しして、
「あ、足が、スースーする・・・」
「そりゃあね、ムヒだもんね」
朝のホームルーム中はその足のスースーとの戦いだったらしく、イスの下で足を盛んに動かしていた。右足を左足にこすこす、両足の裏を床につけて、すりすり、左足を右足にこすこす・・・。机やいすの棒を足で挟んだり、こつこつとぶつけてみたり。ホームルームが終わると、午前中は1,2時間目が教室での授業、3,4時間目はプール授業だ、今週末にある、水泳大会の練習をするらしい。
教室での授業は、東戸さんの足プレイに視線を奪われながらもなんとかノートをとり、3時間目。着替えのためにプール横の更衣室へ移動する。このころには東戸さんも虫刺されのかゆみに慣れてきたのか、あまり気にならないような様子。
「西野さん、プール、いこう!」
「いいよー。東戸さん、足、大丈夫?」
見ると、相変わらず親指の赤みは引いていない。それに加え、足をこすり付けたり、床につけたりしていたものだから、足の甲の部分にも黒っぽい汚れが回ってきていた。幸いなことに(残念ながら?)今からプールなので、ここで汚れをいったんリセットできる。
「うんー、あんまりかゆくはなくなったかな!でもプールあるから、終わってからまたあれしなきゃだよね・・・」
あれ、とはおそらくムヒのことだろう。水で薬が流れてしまうかもしれないし、もう一度、プールが終わって足が乾いたら塗った方がいいだろう。
「うん、そのほうがいいかもね。今度は更衣室で塗ってから、教室に移動しようね・・・」
「え?どして?」
気づいてなかったのか・・・。
「あち、あち、あち・・・」
校舎から出てプールに行くときは炎天下のコンクリートの地面を歩くことになる。かなり熱されて熱々になっているらしく、東戸さんは裸足の足をバタバタさせて更衣室へ急ぐ。プールがとても好きな東戸さん、着替えがすこぶる素早くて、更衣室に入った次の瞬間には、水着姿になっていた。
「先行っとくね!」
「え、東戸さんはやっ」
つづく