「・・・じゃあ、そこに座ろっか」

池永くんは校門の目の前にあるバス停のベンチを指さした。ここに来るバスはそんなに多くなく、まだ夕方なのに最終バスはすでに終了している。

「うん、ありがと」

私と池永くんは並んでベンチに座った。下を向くと、表面は真っ白な白ソックスがある。けれど、この足裏には、灰色に足の形が付いている。私は妙に落ち着かず、足をもぞもそとさせて、ソックスに包まれた足をローファから出すと、一度ググッと足を伸ばし、ローファーの上に足を置いた。

「それで、さっきのことって・・・?」

「うん、あのね・・・、私、えっとね・・・」

さっきは言おう、言おう、と思っていたのに、いざこういう場になると途端に恥ずかしくなって、言えなくなってしまう。今朝のあれと一緒だ。思い切って、伝えるんだ、私・・・!

「私ね、靴下で、歩くのが、すき、なんだ・・・」

言っちゃった、言っちゃった。池永くんに。こんなこと聞かされて、池永くん、どう思うんだろう。私は怖くて、池永くんの方を向けなかった。真っ白なソックスに包まれた足先から、視線を動かすことができない。

「・・・どんなところが、好き、なの、小野寺さん?」

「え?」

思わぬ返しに、私は顔を上げて池永くんの方を向いた。彼は優しげな表情でこちらを向いていた。

「もっと詳しく、聞きたいな。実は僕も、気になってたんだ。さっきから、いや、この前から、ずっと」

「この前・・・?」

「前にも一度、放課後一緒になったことがあっただろ?あの時も小野寺、靴下で歩いてて、どうしたんだろうって思ってたんだ。僕の方から聞くのも、ちょっとどうかなって思ってさ。話してもらえて、すごくうれしいよ」

私は急にまた恥ずかしくなって、池永くんから顔を背けた。あれもばれてたんだ・・・!そうと気づかれていて、一緒に駅までついてきてくれてたんだ。今の私、どんな風に思われてるんだろう。引かれてしまっているのだろうか。けれど、もっと詳しく知りたいといってくれている。私は慎重に言葉を選びながら、私の靴下生活のきっかけと思いを、池永くんに話し出した。話しているうちにあたりが暗くなっていったが、池永くんは真剣な表情で聞いてくれているし、私も途中で話を止めることはできず、それからしばらく、私の気持ちを話し続けていた。靴下生活をしたいのに、それが恥ずかしくてできない。そんな相反した思いを抱えていることを、特に強調して。

「・・・そっか、小野寺、そんなにいろいろ抱えてたんだな」

「うん・・・。引いた?」

私は池永くんを上目遣いに聞いてみた。すると彼は首を振って、

「ぜんぜん。人の好きなものっていろいろあるし、それこそ、”十人十色”だと思う。人の好きなことを否定したり、引いたりなんて、僕は絶対にしないよ」

「ありがとう」

池永くんはにっこり微笑んで、

「一つ提案があるんだけれど、いいかな。小野寺が、靴下生活をできるようにするために、僕にできることがある」

「え、それって・・・?」

私が池永くんに視線を向けると、彼は一度ごくりとつばを飲み込むと、ややためらいがちに口を開いた。

「いま小野寺が持ってるその上履き、僕に託してくれないかな。そうすれば、僕はそれを大事に保管する。けれど、小野寺の手からは離れるから、小野寺はなにがあっても、靴下生活をすることになる。どうだろう?」

私は思わず、そばに置いていた上履き入れを抱きかかえた。この上履きを、池永くんに託す。確かに、そうすれば、私が学校で履けるものはなくなってしまう。家に取りに帰ろうとも、上履きはそこにない。もちろん、靴箱にも。そうすれば、私は靴下生活をせざるをえなくなる。とてもいい提案だ。けれど、私はなかなか返事ができずにいた。

「どう、かな、小野寺・・・?」

すでに日は完全に落ちている。このままでは親に心配をかけてしまう。かといって、返事を明日に伸ばせば、私はまたずるずると引っ張ってしまうのではないか。私はそんな性格なのだ。一度引き延ばすと、また今度、また今度・・・。靴下生活も、もう何度もやろうとして、できていないではないか。そんななかで、池永くんという存在があらわれた。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。しばらく悩んで、池永くんも居心地が悪そうに唾をのんだとき、私は意を決して、抱きかかえていた上履き入れを、池永くんの方に差し出した。

「・・・小野寺?」

「これ、池永くんに・・・。おねがい、します!」

他の人から見たら、全くわけのわからない状況になっているだろう。高校生の男女が並んでバス停のベンチに座り、女子の方が男子の方に、自分の上履き入れを差し出しているのだから。中に何か特別なものが入っているのかというと、そうでもない。ただの上履きだ。しかも、私の使用済み。私たち二人にしかわからない、闇の取引だ。

「わかった。しっかり、預かるよ」

池永くんは上履き入れを受け取ると、うれしそうな、安心したような表情を浮かべてそれを眺めていた。

「い、言っとくけど、預けただけだからね!へんなことしないでね!」

心配になって、一応釘をさしておく。

「そ、そんなことするわけないだろ!このまま僕の部屋に隠しておくよ!」

「大丈夫?お母さんとかに見つかったりしたら・・・」

「大丈夫!僕しか知らない隠し場所があるんだ。そこに入れておくよ」

「そ、そう、それなら・・・」

私たちはそれから、あまりに長い時間そこに座っていたことに気づき、あわてて家路についた。何もかもを済ませてベッドに入ると、私は明日からのことが、楽しみで不安だった。明日は何時に起きよう。また早くいった方がいいのだろうか。以前のことがあるし、同じくらい早く出るか。そんなことを考えていると、先程アドレスを交換した池永くんから、メッセージが届いた。

「もう寝ちゃったかな。明日は何時に登校する?僕も一緒に行こうかと思って」

池永くんも同じことを考えてたのが少しうれしくて、私はすぐさま返信メッセージを打った。

「ちょうど同じこと考えてた。明日は7時30分くらいに行こうかと思う」

「わかった。それじゃあ、そのころ靴箱で」

池永くんからの返信を確認すると、私は途端に安心して、そのまま眠りについた。

 

つづく