自分の席に着くと、裸足を通して床の冷たさが伝わってきます。手に持っていた靴下はまだ湿っていますが、裸足の恥ずかしさもあって、再び履くことにしました。両足をイスの上にあげて、片足ずつ靴下に足を通します。湿った靴下はひんやりしていて、足先の部分は表側にも汚れが広がっていました。今日ももうすぐ終わりなので、あと少しの我慢です・・・!

「あれ、アカネ、もう靴下かわいたの?」

前の席のモモコさんが振り返って聞いてきます。私は濡れたつま先を手で触れながら、

「うーん、まだ濡れてる・・・」

精一杯の演技で答えます。

「前もあったもんね、大雨で朝から靴下ぬれたーって言って、その日は一日裸足じゃなかったっけ?ほかの靴下濡れた子と、裸足同盟組んでたよねー」

「あ、うーん、そんなこともあったね!」

それは覚えています。梅雨時でしたでしょうか、家に帰ってきたアカネお姉さんは、靴下が濡れたそうで、素足にローファーを履いていて、すぐにお風呂に足を洗いに行っていました。一日中学校を裸足で過ごしたら、きっとすごいことになっていたのでしょうね・・・。

 帰りのHRでは改めて先程の感想用紙についての説明がありました。何人かはミュージカルを観ながら書いていたようですが、私は記憶を呼び起こしつつ書くことにします。全部書ききるとなると500文字くらいでしょうか。とてもその程度ではあの感動、あの面白さは伝えられません。裏まで書いてしまいましょう。その後、翌日の簡単な連絡事項があって、長い長い一日が終了しました。途中あぶない面は色々とありましたが、なんとか私がアカネお姉さんではないと気づかれずに済んだのではないでしょうか?それよりも問題なのは、私の足元です。先程雨に濡れた靴下はいまだ乾ききっていません。というより、濡れた当初からほぼ湿っぽさが変わっていないのです。このまま靴を履いて帰るのもかなりはばかられます。今日は確認した通り部活がない日らしいので、私はまっすぐ家に帰ることにしました。私に扮したアカネおねえさんも。まっすぐ帰ってきていることを望みます。昨日のシミュレーションでは、私とアカネお姉さんの学校の放課の時間は若干の差はありますが、通学時間を考えると、帰宅時間は変わらないはず。今日一日お付き合いいただいたアカネお姉さんの友人、アオイさんやモモコさんにバイバイを言うと、私は湿った靴下のまま、冷たさを増した廊下へと足を踏み出しました。靴箱にたどり着くと、もうそのころには外は青空も見えていました。靴を取り出しましたが、さすがにこのドロドロの靴下で靴を履くのは気が引けます。替えの靴下もありませんし、私は周りに人がいないのを確認すると、片足ずつ、再び靴下を脱いでいきました。そうして素足でローファーに足を通します。素足で靴を履くのも、私にとっては初体験です。履いた感覚は、中敷きのざらざらや、ローファーの皮の感じをダイレクトに感じて、違和感があるものの、不快感はありません。ほかの方から見ると、素足にローファーを履いているちょっと変わった人ですが、仕方ありません。頬が恥ずかしさでほてるのを感じながら、校門を出て、家までの道を歩き始めます。途中何人かとすれ違いましたが、目線が私の足元に向かっている気がして、恥ずかしさをより感じてしまいました・・・。

「ただいまー・・・」

「あら、アカネ?おかえり、はやいのね」

やっとの思いで自宅に帰ると、お母さんが出迎えてくれました。そこで私は、この入れ替わりはお母さんにも秘密であることを再び思い出して、

「う、うん!今日は部活なくってさ!」

アカネお姉さんの演技を続けます。お母さんにも、まだばれてない・・・?

「そう。早くお弁当箱、だすのよー。あと、足もちゃんと洗ってね!」

「はーい!」

そう返事しつつ、私は素足で履いていたローファーをスポスポと脱ぎました。汗で少し脱ぎづらく、脱いだ素足にひんやりとした空気が当たって心地よさを感じます。あ、ちょっとくせになりそう・・・。

 お母さんもわかっているのでしょうか、私はその足でお風呂場に向かい、暖かなシャワーを浴びせます。素足も結構汚れていたのか、黒っぽい汚れが水とともに流れていきました。お風呂から上がると、いつの間に帰ってきていたのか、私に扮したアカネお姉さんがテーブルに座っています。ちょっとばつの悪そうな顔をしていますが・・・。

「アカ・・・ミドリ、もう帰ってきたんだね」

自分の名前を呼ぶのはとても違和感を感じますが、そこに座っている、私の制服を着たアカネお姉さんは、

「ミドリ、ごめん、ばれちゃった!」

そう言って、アカネお姉さんはパン、と顔の前で両手を合わせると、深々と頭を下げました。

「え、ばれた・・・?」

「うん、学校でね。ミドリのお友達に、ミドリじゃないってばれちゃってさー。でも、問題はないよ!事情は説明しておいたから!」

頭がくらくらしてしまいました。明日、大丈夫かな・・・。

「ミドリの方は?その様子だと、大丈夫だったってこと?」

「はい。危ない面はありましたが、アカネお姉さんじゃないなって指摘はされませんでした」

「さ、さすがミドリ・・・」

ばれる・ばれないの問題もありますが、今の問題はそれではありません。もっと大きな問題があります。私はカバンの中からドロドロの靴下を取り出しました。アカネお姉さんの前にそれをグイッと見せつけます。

「そ、それよりも、これはどういうことですか!?なんでアカネお姉さん、上履き履いてないんですか!?」

アカネお姉さんはきょとんとしたあと、あちゃーといった顔をして、

「あー、ごめん、詳しく言ってなくって!5月くらいかな?あたし、一回上履きを持ってきた後、それ持っていくの忘れちゃってさ、一日中靴下で過ごした日があったのよ、実は」

「ありましたっけ・・・?」

私は、アカネお姉さんの向かいに座って話を聞きます。今日のアカネお姉さんは、私の制服に身を包み、髪型も私に合わせてあり、見た目は私そっくりです。けれど仕草はアカネお姉さんそのもの。今も椅子に胡坐をかいて座っています。なんだか私がそうしているようで恥ずかしさを感じます・・・。

「ミドリには言ってなかったかな?で、小学生のあの時みたいになって、あたし、靴下で過ごすの、気持ちいいなって思っちゃったんだ」

「気持ちいい・・・?」

今日、私は一日中靴下で過ごしていましたが、気持ちよさは感じなかったような・・・。

「うん。上履きって意外と窮屈なんだよ、足にとって。そんな上履きを履かなくってもいいなら、気持ちいいだろうなって。先生に聞いてみると、気を付けていれば上履きの着用は自由って言ってたからさ、じゃあいっそってなって。それであたし、上履きそれからずっと履いてないんだ。きもちいいよー、靴下生活!」

生き生きと話すアカネお姉さん。本当に靴下での生活が大好きなようでした。そんなお姉さんを見ていると、今朝の怒りも、先程までの問い詰めたい気持ちも収まってしまいました。アカネお姉さんの好きなものを、否定する気はありません。むしろ受け入れるべきです。私たちは双子の姉妹なのですから。いまは理解できなくても、理解できるときはきっと来るはずです。

「そうだったんですね・・・」

「うん、もっと早くいってなくて、ごめんね。一日、たいへんだったでしょ?ミドリ、靴下汚れるの嫌いそうだもんね」

「大変でしたよ!雨で靴下が濡れて、こんなことになっちゃったんですから!」

「いやーこれはひどいなあ。あたしでもここまでなったことないよ?」

そう言って、鼻をつまみつつ私が履いていた靴下を顔の前に掲げるアカネお姉さん。足の裏には真っ黒に、私の足型が浮かび上がってしまっています。

「あ、そだ、あたしが今日ばれたのもそのせいでさー」

「・・・それはどういう・・・?」

アカネお姉さんは靴下を床に置いて、続けます。

「ほら、ミドリの学校、土足制じゃん?一日中ローファー履いてるでしょ?あたしにはそんなのムリムリでさー」

「まさか、お姉さん・・・」

私が険しい顔をすると、アカネお姉さんは申し訳なさそうに、

「まって、朝のホームルームは耐えたよ?でも、授業が始まっちゃうと、退屈なのもあってとたんに足がムズムズしてきてさー。すぐに脱いじゃったんだ、ローファー。そのあとはもうずっと脱ぎっぱなしでさ。ミドリはそんなことしないってばれちゃった。えへへ・・・」

私は学校内で、しかも授業中に靴を脱ぐなんて、お行儀が悪くてしません。いままで一度もしたことはなかったはずです。そんなところからばれるなんて、アカネお姉さんらしいですね。

「アカネお姉さんらしいですね。靴はずっと脱いでたんですか?」

「うん、もうずっと。さすがに移動の時は履いたけどね。教室の中とかは靴下で歩いてたから、あたしもちょっと靴下汚れちゃった」

そう言って、胡坐をかいていた足を少しずらして、靴下の裏を見せてくれました。私では付きそうにない黒っぽい汚れが、足裏に浮かび上がっています。

「日ごろ靴下生活をしていたのなら、一日中靴を履いているのは無理ですよね」

「そうだよー。あーあ、こんなんで負けちゃうなんてなー」

「あ、そうですね、ばれなかったので、私の勝ち、ですね!」

そうでした。これは勝負であることをすっかり忘れていました。入れ替わりのばれなかった私の勝利、です!

「なるほど、そういうことだったのね」

そんなとき、いままで夕ご飯を作っていたお母さんが、テーブルに食器を持ってきました。

「それって、どういう?」

お母さんは私たちのお弁当箱を持って、言いました。今朝、入れ違って持っていってしまったものです。

「ミドリがアカネのお弁当箱持ってくもんだから、はて?って思ってたんだけど、そう言うことだったのね。もう今後はこんなあぶないこと、しないでよ!」

もっと早い段階で、違和感に気づいている人がいました。さすが、私たちのお母さんです・・・!

 

おわり