「さ、2人とも、もうすぐつくよ!」
「やっと着いたあ。長かったな」
「うちから2時間だもんね。すっかり田舎だよ」
今日は夏休みが始まって2日目。あたしと姉は、パパやママと一緒に、おばあちゃんとおじいちゃんの家に帰省してきた。後部座席に座った姉は、素足で履いていたスニーカーを脱ぎ、足をぶらぶらさせながら窓の外を眺めている。
「もう、姉ー、脱ぐくらいならやっぱりサンダルで来た方がよかったんじゃないの?これから2週間泊まるんだよ?」
「だって、山とか行くんだよ?サンダルだと歩きにくいじゃん!」
「どーせ、途中で裸足になるんでしょー?」
「えへへー」
そんなこんなで、山のふもとにあるおばあちゃんちについた。出迎えてくれたおじいちゃんおばあちゃんは、二人合わせて175歳。裏山で動物を獲ったり、前の畑で作物を栽培したりと、今も精力的に働いている。
「こんにちはー!きたよー!」
「いらっしゃい!長くてたいへんだったでしょう、ささ、座ってー」
毎年この時期に帰省してくるあたしたちを、2人は楽しみに待ってくれているらしい。あたしもここで過ごす夏休みはとても楽しい!
その日は片付けなどをしているとすぐに夕方になってしまったので、翌日からの予定を姉と立てながら、夕ご飯を食べたり、お風呂に入ったりした。あたしが小さい頃は、薪でお湯を沸かす年代物のお風呂だったらしいけれど、1年前にリフォームをして、”おーるでんか”のお風呂になったらしい。あたしのマンションのお風呂とあまり変わらないから、入るときにお湯でやけどとかしなくて済むようになったとお母さんが言っている。その日は、移動や片付けで疲れたのもあって、夜の9時には姉もあたしも眠りについてしまった。
翌朝、目が覚めたら7時だった。夏休みだからもっとゆっくり寝ててもいいんだけれど、早く寝たぶん、すっかり目がさえてしまっている。
「おはよう~」
「あら、おはよう。早起きねえ、えらいわあ」
すでに起きてごはんの支度をしていたおばあちゃんが笑顔を向けてくれる。おじいちゃんは早くも畑に行く服装に着替えている。田舎の朝は早いなあ。
「おーい、いまから畑に行くが、おまえも行くか?」
「いいの!?うん、いくー!」
せっかくなので、タオルケットをぎゅっと握りしめてまだぐっすりと眠っている姉を置いて、朝ご飯の卵かけごはんと納豆、お豆腐を食べてしまうと、おじいちゃんについて畑へと向かった。
Tシャツにミニスカート、麦わら帽子をかぶって、ウチから履いてきた水色のサンダルに足を通し、足首のストラップを留めると、長靴を履いたおじいちゃんについて家を出た。まだ朝なので、あたりには涼しい空気が漂っている。けれど日差しが強く、そばの草木は青々としていた。ウチの近所にも立木はあるが、やっぱり自然の木は見ていて落ち着く。
舗装されていない道路を歩いていくと、やがておじいちゃんの畑についた。今日の作業は水まきと、じゃまな草を抜くこと。今週1週間をかけて、5面ある畑すべてでその作業を行うらしい。
「今日やるのは、ここの草抜きだ。ほら、こういったところに草があると、栄養を持ってかれてしまうからね。なるべく大きいのから、抜いていってほしい。できるか?」
「うん!まかせて!」
「抜いた草は、この袋に入れてくれ。くれぐれも、にんじんは抜かないでな。たのんだぞ!」
「はーい!」
こんな体験もここでしかできないので、あたしははりきって畑に向かった。サンダルを一歩踏み入れると、柔らかい土に少し沈んで、素足に土がかかった。けれどそれも気持ちよくって、あたしはずんずん進んでいった。草は大きいのも小さいのもあって、大きいのは抜くのにかなり踏ん張らなきゃいけなかった。サンダルの足をしっかり踏ん張って一気に抜く。何度も土に沈んで、終わるころに足元を見ると土がかかりまくっていた。
「どうだー?抜けたかー?」
「うん!けっこうとれたよ!ほらー!」
そう言って、草でいっぱいの袋を掲げる。おじいちゃんはうれしそうに笑って、
「助かるよ!じゃあ水をまいていくよー」
「はーい!」
水まきっていうと、ホースでブシューってやるのかなって思ったんだけれど、おじいちゃんの畑にはスプリンクラーがあって、畑の隅のハンドルを回すと、土の上に水がまかれる仕組みになっている。
「わー、すごーい!」
近くには井戸もあって、あたしはサンダルを脱ぐと、土をそこで落とすことにした。
「きゃー、冷たい!」
「ここの水はきれいだからね。飲んでも大丈夫なんだ」
「そうなの?ごくごく・・・うん、おいしい!」
土を落とし切ると、あたしはサンダルを足先にだけひっかけて家に戻ることにした。歩くたびにかかとがパカパカさせながら、乾かしていく。
「あー、たのしかった!」
「それにしても、お姉ちゃんはなかなか起きてこないなあ」
「ほんと!帰ってまだ寝てたら起こさなきゃ!」
家に着くと、姉は寝ぼけた顔で、寝間着のまま朝ご飯を食べていた。
「あ、妹ー、おはよー」
「もう、姉ー、起きるの遅いよお」
「えー?だってまだ9時だよー?せっかくの夏休みだからさー、ねよねよ!」
その後、2人で一緒に1時間ほど宿題をして、あたしの夏休みの工作を手伝ってもらうことにした。作るのは、割りばしドールハウス。割りばしをくっつけて、ログハウス風の小さな家を作る。設計図もあたしで描いておいた。
「妹、おまえ、すごいな・・・。建築家さんになれるんじゃない?」
「こういうの好きなんだー。あ、そこ違うよ、-、こんな感じ!」
そうこうしていると、お昼ご飯の時間。
そうめんを食べ、縁側でおじいちゃんちによく来るネコちゃんたちと遊んでいると、おばあちゃんがスイカを切って持ってきてくれた。
「はい、スイカどうぞー」
「ありがとう!わー、黄色いスイカだ!」
「いただきまーす!」
スイカを食べたら、一旦お昼寝。うーん、これぞ、夏休みだ!!
そんな日が続いて、帰省してきて5日。ちょっと退屈してきたので、あたしと姉で山登りに行こうということになった。おじいちゃんによると、山の標高は450メートル。登山の道がちゃんと整備されていて、登る人も結構いるらしい。おじいちゃんの家から頂上までは大人で1時間くらいで、頂上からの眺めはけっこういいらしい!あたしたちのような子供でも楽に上れるらしいから、チャレンジしようということになった。
「姉―、準備できた?」
「うん、大丈夫だよー」
山に登るということで、あたしは長袖のTシャツに7部ズボン、サンダル、道具を入れたリュックサック。姉はTシャツにパーカー、長ズボンにスニーカーという恰好。ちゃんと水を入れた水筒も持って、レインコートも持った。あたしがサンダルのストラップをしっかりと履いていると、姉は相も変わらず素足をスニーカーに通していた。
「姉ー、靴下はかないの?」
「んー?だって、靴下持ってきてないんだもん、夏だしさー」
「まじか・・・」
あたしも裸足は好き(靴下履くのはきらい)だけど、素足でスニーカーとか履くのは苦手、素足にはやっぱりサンダルでしょ!なので、学校にも素足にサンダルで行ったりしている。上履きを素足で履くことになるけれど、それは大丈夫なんだよな。
「いってきます!」
「はーい、気を付けてね!」
おばあちゃんやお母さんに見送られ、あたしたちは二人で山を登り始めた。おじいちゃんの言っていた通り、ちゃんと道が整備されていて、あたしでも今のところスムーズに登れている。山に入ると、木々が日差しを遮っていい感じに日陰になっていてとても涼しい。姉は登り始めてすぐにパーカーを脱ぐと、腰に巻き付けていた。
「ふう、ふう、妹ー、ちょっとそこで休憩しよう」
「えー、もう?姉は体力がないなー」
登り初めてまだ10分ほどしか経っていないが、姉はすっかり息が上がっていた。ちょうど道の横にベンチがあったので、お互いにタオルを敷いてそこに腰かけた。姉は座った途端にスニーカーをぽいぽいと脱ぐと、足を伸ばして、素足の指をぐにぐにと動かす。
「あー、気持ちいい・・・」
「もう、お行儀悪いなあ」
「んー?誰もいないんだし、いいじゃん。妹も休ませとこうよ」
そう言われて足元を見ると、土の登山道をずっと歩いてきたので、足の指や甲の部分に土がかかっていた。
「うーん、じゃあ、まあ・・・」
かかとのところが少し痛くなっていたので、あたしは足首のストラップを外すと、からん、からんとサンダルを地面に脱ぎ落とした。足の指や裏、甲にかかった土を手で払い落すと、指や足の裏を手でもむ。
そうして体力を回復させると、水分をとってお互いに靴を履き、登山再開。登っていくにつれて、道がだんだんと険しくなってきた。道を横切る小川を飛び越え、岩の階段を協力して登っていく。やがて少し開けたところに出た。看板があって、「頂上まであと10分」の文字が。時計を見ると、登り始めて1時間が経っていた。
「あと10分だって!妹、あと少し!」
姉がうれしそうな声を上げる後ろで、あたしはベンチに座ってサンダルを脱いでいた。
「・・・どうしたのー?」
「姉―、バンソコ持ってる?」
ここに着く少し前から、サンダルのストラップにかかった足首の部分がじんじんと痛むようになっていた。見てみると、ストラップとこすれて血がにじんでいた。左足は皮がめくれてしまっている。サンダルで登山はちょっと無謀だったかな・・・。足の裏には入り込んだ土がかなり付いている。
「あちゃ、痛そう・・・。ちょっとまってねー」
そう言うと、姉はリュックサックをごそごそと探し、バンソコの箱と消毒薬を取り出した。
「わ、姉、準備いい!」
「おばあちゃんに持たされたんだー。ちょっとしみるよー」
シュッシュ…
「くぅー・・・」
消毒の痛みに耐えながら待っていると、手際よく処置を済ませた姉は、
「はい、おしまい!歩ける?」
「うん、だいじょぶ、ありがとう!」
「でも、サンダルはやめた方がいいかなあ・・・。よいしょ」
あたしの素足とサンダルを見比べて、姉はあたしの横に座ると、スニーカーを脱いでしまった。
「・・・姉?」
「これ、代わりに履きなー」
指をぐにぐにと動かしながら、あたしの足元にスニーカーを置く姉。
「でも、じゃあ姉は・・・?」
「私は、裸足でいく!」
「え、いやいや、それは・・・」
姉の裸足好きは知っているけれど、さすがに裸足で山道を歩くのは・・・」
「だーいじょうぶ!裸足好きだし、足の裏けっこう丈夫だから!」
「うー、でも・・・あたしの足元に置かれたサンダルと姉のスニーカーとを見比べる。確かに、スニーカーなら靴擦れしないだろうけれど・・・。迷っていると、姉はぴょんとベンチから降りると、裸足のままで土の地面を歩き始めた。
「わあ、ひんやり、ふかふか・・・」
気持ちよさげな表情を浮かべて、土を踏みしめる姉。その様子を見ていると、どちらかというと裸足の方が楽しそうだなと思った。
「よし、わかった!」
あたしは姉のスニーカーに素足を突っ込む。ずっと姉が素足で履いていたせいか、スニーカーの中はかなりホカホカしている。足のサイズは1センチくらいしか違わないから、ぶかぶかということもない。素足で靴を履くのはちょっと抵抗あるけど、これなら大丈夫そう!あたしはサンダルを手に持つと、裸足で土をもてあそんでいる姉のもとへ。
「お待たせ!行こうか!」
「お、いける?じゃああと10分、がんばろー」
そこから先は急な斜面もなく、なだらかな土の山道が続いていた。前を行く姉の足の裏が見えたけれど、土や落ち葉で真っ黒だ。黒い地面に姉の白い肌が映える。
「つ・い・たー!!」
そして約10分後、あたしたちはついに登頂成功した!頂上を示す岩の上に裸足のまま立って両手を広げる姉。その様子を見て笑うあたし。途中でアクシデントもあったけれど、登山って楽しいんだな!
頂上からはふもとの町や、おじいちゃんちの畑も見える。誰かが作業しているけど、あれはおじいちゃんかな。
「風が気持ちいいねー」
「ほんとだねー」
頂上のベンチに座り、スニーカーを脱いで素足を伸ばす。風が靴におおわれていた素足をなでて心地いい。
「よし、家に帰るまでが登山だよ。けがしないように、気を付けて降りよう」
「うん!」
姉は特に足の裏に注意してほしいなと思いながら、素足をスニーカーに突っ込むと裸足で行く姉を追った。途中の小川では、姉は足を水に浸し、気持ちよさげな声を上げた。あたしも裸足になろうかなと思ったりしたけれど、ちょっと抵抗が・・・。
「あ、おばあちゃーん、ただいまー!」
「おかえりー・・・って、どうして裸足なの?!」
やや日が傾いたころ、あたしたちは無事に下山し、家に着いた。泥だらけの姉の裸足をみておばあちゃんはびっくりしていたけれど、おじいちゃんは
「さっすが、お前は裸足が好きだなあ、ははは!」
と大笑いしていた。
「いってきます!」
「いってきまーす!」
そして始業式。あたしはバンソコのとれたかかとに、サンダルのストラップをかけると、ランドセルを背負って家を出た。左手には姉と協力して作った割りばしドールハウス入りの紙袋。姉は、中学校ではサンダルで行くと怒られるらしくて、素足にスニーカーを履いている。
「忘れ物ないー?いってらっしゃい!」
夏休みの登校日に上履きを忘れていった姉は、今朝からお母さんに何度も確認されてうんざりしていた。
「もう、あんなに忘れ物忘れ物言わなくてもいいのにさー」
「それは姉が悪いよー、ほんとに大丈夫?」
「だいじょうぶだよ!」
これを渡ったら学校に着くという信号に差し掛かったころ、姉は私の右手に注目して言った。
「・・・妹、それなに?」
「ん、これ?上履き」
「・・・忘れてきた・・・」
「姉・・・」
つづく