靴箱につくと、何も言わずに東戸さんは近くのイスに座って、足を差し出した。

「西野さん、お願い~」

「もう、東戸さんったら~」

何度もやったことなので、私も不思議に思うことなく、カバンからウェットティッシュを取り出すと、東戸さんの前にしゃがんだ。こちらに向けられた小さくてかわいらしい足の裏は、先程綺麗に水で洗われたばかりなのに、再びホコリや砂で灰色に汚れていた。大掃除をしたはずなのに、やっぱり学校ってすぐににホコリがたまっちゃうんだろうな。

「じゃ、かるく拭いちゃうね~」

「はーい・・・ひゃっ」

くすぐったそうな声を上げて、足の指を丸める東戸さん。表情を見ると、頬を染めて、目をぎゅっとつむっている。足の裏が敏感なのに、私のこの作業を頼むなんて、東戸さんってやっぱりかわいい。

「はい!きれいになったよ」

「ありがとう!」

そう言って、東戸さんは素足を床につけ、ペタペタと靴箱の前に立つと、そこからかわいらしいフラットパンプスを取り出した。いわゆる、ぺたんこシューズだ。

「あれ、東戸さん、今日はスニーカーじゃないんだね」

「うん、夏休み中だし、今日はこれでいいかなーって思って。涼しくて履きやすいんだよー」

フラットパンプスをカランと床に置くと、素足をそのまま突っ込む。夏らしくていいと思うんだけど、先生に怒られたりしないかな・・・。ハラハラしてしまう。

「じゃあ西野さん、帰ろろっかー」

「あ、うん!」

先生に見つからないように、気持ち急ぎ足で学校を後にする。無事に校門を通過した。

「ねえねえ、西野さんちってマンガとかあるの?」

信号待ち中、パンプスのかかとをパカパカと脱ぎながら、東戸さんが聞いてきた。

「マンガ?うーん、『ヒロアカ』は全部持ってるよ!あとはちょこちょこと・・・」

「『ヒロアカ』あるんだ!なんか意外だねぇ」

そんな会話を楽しんでいると、西野さんのマンションにたどり着いた。

「じゃあ着替えてくるから、ここで待っててよ!・・・あ、なんなら、部屋まで来ない?今日は妹しかいないと思うから!」

「え、いいの?じゃあお言葉に甘えて・・・。てか妹いたんだね!」

「そうだよー。言わなかったっけ??」

以前聞いた気がするけれど、会うのは初めてだ。どんな子なんだろう。東戸さんと一緒でかわいいのだろうか。はやく会ってみたい。

エレベーターに乗り込むと、23階のボタンを押す。高層マンションって、私、初めて・・・!

エレベーターを降りると、すぐ近くの扉へ向かう。カバンからパスケースを取り出し、何やらドアノブ付近にかざすと、電子音とともに鍵が開いた。カードキーなんだ!最近じゃ珍しくないらしいんだけど、初めて見ることばかりで楽しい。

「はい、どーぞー」

「おじゃましまーす・・・」

入った途端、ラベンダーのような香りが私を包み込んだ。横を見ると、アロマな機械がその香りを生み出していた。その上にはラベンダー畑を描いた風景画。お金持ちっぽい・・・!

「はい、スリッパ使ってー」

アロマに感動していると、東戸さんはすでにパンプスを脱ぎ、素足のまま上がっていた。

「東戸さんはスリッパ履かないの?」

「うん、上履きも嫌だし、家の中でスリッパなんてもっといやなんだー。家の中くらい、素足で過ごしたいよ。きれいだしね」

確かに、学校でさえ素足で過ごしたい派の東戸さん。家の中は素足派に決まっている。ありがたくスリッパを履くと、うちよりだいぶ幅の広い廊下を歩く。リビングルームに入ると、膝の上にワンちゃんを抱いて、ソファに小さな女の子が座っていた。夏らしく、水色のノースリーブのシャツに、チェック柄のミニスカートで、髪を上の方で二つ結びにしていた。足元は、素足。

「いもうとー。姉がかえったぞー」

「あ、あねー、お帰りー」

「・・・お互いそんな呼び方なんだ・・・」

半ば驚きつつ、私は東戸さんと隣に立った妹を見比べていた。顔がそっくりで、小さい頃の東戸さんを見ているよう。

「私のおともだちの、西野さんだよー。はい、自己紹介!」

「はいっ!姉がお世話になってます。妹の、小夏です。よろしくお願いしますっ」

小夏ちゃんっていうんだ。かわいいなあ。ミニスカートからスラリと伸びた素足がきれい。

「よろしくね!小夏ちゃんは、何年生?」

「小学3年生です!」

そうかー、東戸さんにもこんなかわいい時期があったのかなあとも思いながら、小夏ちゃんを観察していると、

「じゃあ私、ちょっと着替えてくるからよろしくねー」

「はーい!」

東戸さんが行ってしまうと、小夏ちゃんが冷蔵庫から冷たいオレンジジュースを出してくれていた。暑い中歩いてきたから、気づいたらのどが渇いていた。

「はい、つまらないものですが!」

「えへへ、ありがとう。いただきます!」

「あの、姉、学校でなにかご迷惑かけてませんか?あたし、すっごく心配で!」

私の隣にちょこんと座った小夏ちゃんがとても心配そうな表情で聞いてくる。確かに、一緒に過ごしてて心配な場面はあったけれど、だいたいは大丈夫だろう。そんなことをふんわりと告げると、小夏ちゃんは安心したようにほっと息をついた。

「よかったあ。姉、すんごく天然なところがあるので、心配なんですっ!」

やっぱり、ふだんからそうなんだ・・・。それから、ワンちゃんと遊んだり、東戸さんの学校の様子を話していると、着替え終わった東戸さんが登場した。半そでのTシャツに、アンクル丈のパンツ、そして素足。とてもラフな格好だ。

「おまたせ~。じゃあ行こうか!」

「早かったね!うん、いこう!」

「姉、どこかいくの?」

「うん、西野さんのおうちにおじゃまするんだー」

「そうなんだ!くれぐれも、ご迷惑のないようにね!」

そういって、心配そうな表情で姉を諭す妹。

「わかってるよー、もう、いつもうるさいなあ」

「まあまあ、東戸さんを心配してるみたいだから・・・」

ワンちゃんと妹ちゃんに見送られ、東戸さんちをあとにする。東戸さんはミニポシェットに小銭入れと携帯を入れ、先程学校に履いてきていたフラットパンプスを素足のまま履いている。

「西野さんちってここから近いんだっけ?」

「うーん、学校からここまでと同じくらいじゃないかな?」

ちょうどお昼間なので、太陽の日差しがすごく暑い。ただ歩いているだけで汗をかいてしまう。早く冷房の効いた家に着きたい・・・!

「あ、ねえねえ、そこでお菓子とかジュース買わない?せっかくお家に行くんだし」

そう言って東戸さんは近所のスーパーを指さした。確かに、それもいいかもしれない。

お小遣いで買える範囲のお菓子類を買い込むと、再び外を歩き、ようやく家にたどり着いた。東戸さんとは違って、私の家は2階建ての戸建て住宅だ。まだ家族は帰ってきていないので、鍵を開けて中へ入る。しめ切っていたので、期待していた涼しい室内とはいかず、クーラーで冷えるまでじめじめと暑い。

「おじゃましまーす!」

「はーい!スリッパないから、そのままあがってよ!」

「わかったー」

そう言って、素足を床につける東戸さん。嫌う人もいるけれど、今の私にとってはむしろうれしいような・・・!

リビングに行くと、テーブルに置かれたゲーム機にすぐさま反応した。

「あ、これニン○ンドースイッチじゃない?すごーい!」

「うん、このまえごほうびに買ってもらったんだ!一緒にやる?」

「うん、ずっとやってみたかったんだ!」

だんだんとクーラーで冷えてきた室内で、お菓子やジュースを広げて、テレビにつないだスイッチをプレイする。

床に眺めのクッションを置いてその上に並んで座る。体育座りをしている東戸さん。素足の指が、コントローラの動きに合わせてくねくねと動く。そちらに気を取られるものの、対戦プレイではさすがに私の方がまだ強い!

「わーん、負けたあ」

「えへへ、私の勝ちだね!」

「もう、西野さん、私初心者なんだから、ちょっとは手加減ってやつをー」

「いやいやー、ゲームはいつでも本気でやらないと!」

勝った方は罰ゲームを負けた方に科すことができるルール。絶対にやりたいことがあって、私は負けるわけにはいかなかったのだ。

「じゃあ罰ゲームいきますっ」

「ごくり」

「東戸さんの足の裏くすぐり~」

「ええー!?西野さん、私、足の裏弱いんだよ!?」

うん、知ってる。

「えへへー、さ、足の裏、出して!」

いつもは綺麗に拭いてあげる東戸さんの足の裏を、くすぐる・・・!ついさっき思いついたことだけれど、目の前に座って、おずおずと私の前に差し出された足の裏を見ると、ドキドキが止まらない。いつも以上かも!?

「じゃ、じゃあ、いくよ・・・?」

「あんまり強くしないでね・・・?」

恥ずかしいのか、ほおを赤らめて少しうつむき加減な東戸さん。目の前に差し出された足の裏は、学校のように灰色には汚れておらず、赤く、家の中でついたのか、髪の毛や細かな砂がついていた。素足でパンプスを履いていたからか、酸っぱい香りがかすかに漂う。

私はまず、足の裏の中心当たりに指をあて、こしょこしょ、こしょこしょ・・・。途端に東戸さんは

「ひゃうん!はああああ」

とこちらも恥ずかしくなるような声を出し、足の指を激しくくねくね。

「どう?くすぐったい??」

そう聞くけれど、くすぐったさが勝って聞こえていないらしい。10秒くらいしかくすぐっていないのに、終わったら東戸さんははあはあと息をついていた。

「も、もう、西野さん、くすぐるのうますぎ・・・」

「えへへ、だって罰ゲームだもんね!」

「つ、つぎは負けない・・・!」

その後、私が2勝してくすぐりを2連続かますと、東戸さんはすっかり疲れてしまった。

「も、もう~、疲れたあ」

「どうする?もうやめる?」

私がいたずらっぽく笑顔で尋ねると、

「ううん、次は勝つ!」

まだあきらめていない様子だったので、またくすぐることができる!と思ってプレイしていると、

「やったあ!私の勝ち~」

「そ、そんな・・・!」

油断大敵、私が負けてしまった。

「これまでの仕返し・・・!さ、西野さん、足の裏だして!」

指をわしわしと動かす東戸さん。仕方なく、私はスカートの裾を抑えて、学校のソックスを履いたままの足の裏を向ける。東戸さんの足の裏はたくさん見てきたけれど、自分の足の裏を見せるってかなり恥ずかしい・・・。

「じゃあ靴下脱がしまーす!」

「え、ちょ、ほんとに!?」

言うが早いか、東戸さんは私のソックスのつま先を持つと、ぽいぽいと素早く脱がしてしまった。素足になった私の足を、クーラーの風が涼しくなでる。

「えーい!」

こしょこしょと素早く足の裏をなでる東戸さんの指。途端にくすぐったくなって、

「あはははははは!ちょ、と、東戸さん、まって!」

「いいやー、まだまだあ!」

感じたことのないくすぐったさに、私は床を転げまわった。ほんの十数秒のことだが、私は一気に疲れて、くすぐりから解放されると一気に疲れてしまった。はあはあと息を整える。

「どうだった?」

どや顔で尋ねる東戸さん。ようやく息を整えて、

「東戸さんも、くすぐるの上手だね・・・」

「だって、妹と時々してるもんね!おやつをかけて!」

「ほ、ほんとに!?」

くすぐりにかけては、敵に回したら怖い人だった・・・。

それからしばらく、おしゃべりやゲームを楽しむと、やがて解散の時間に。再び素足のまま靴を履いた東戸さんを見送る。

「今日はありがとうね!すごく楽しかったよー」

「こちらこそ!またいつでもおいで!」

「またくすぐり対決、しようねー」

「うっ・・・それはまたべつの機会に・・・」

夕焼け空のもと、東戸さんは帰っていった。また新学期が始まるまでに遊べたらいいな。次は妹ちゃんとも遊びたいなと思いつつ、2人のくすぐり合戦を見たいなと思うのであった・・・。

 

つづく