無事に教室に着くと、ランチタイムです。お弁当はそれぞれお母さんが同じものを用意してくれます。違うのは、包んである風呂敷の色くらい。私が緑色、アカネお姉さんは朱色です。いまここにあるのは、緑色のお弁当。・・・やってしまいました。アカネお姉さんと持ってくるお弁当を入れ違えてしまいました。けれど、中身は全く同じなので、問題ないでしょう。

「あれ、アカネ、今日のお弁当、緑色なんだね?イメチェン?」

赤井さんが気になったのか尋ねます。

「え?!う、うん、アカ・・・ミドリのお弁当と間違えたみたいでさ!」

「もう、ドジなんだから!でも、名前に合わせて包みが違うって面白いね!」

「で、でしょ!?」

それからお友達との会話を楽しんでいましたが、先程濡らしてしまった靴下の湿っぽさがぬぐえず、始終机の下でくねくねと動かしていました。食事が終わったころ、どれくらい乾いたか気になって、イスの下から足を出してみました。ちょうど足の裏がばっちり見えたのですが、今朝見たものとは比べ物にならないほど、足の指や土踏まず以外の部分はホコリで真っ黒に。湿ったまま歩いていた分、汚れやすくなってしまったのでしょうか。こんな足の裏、他の人に見られるのは恥ずかしすぎます。なぜ上履きを履いていないのか、アカネお姉さんには帰ってからきっちりと問いただしておかねばなりません。そして手で靴下に触れてみましたが、すぐに乾くはずもなく、触れてすぐにわかるくらいにはまだ濡れていました。もうしばらくはこのままかなとあきらめて顔を上げると、ちょうど斜め向かいに座っていた男の子と視線がばっちりあってしまいました。こちらをずっと見ていたのでしょうか、あわてて目線を逸らします。私も、それまでの行動を見られていたのかと思うと、恥ずかしくなって顔がほてってしまいました。足を椅子の下で小さくして、その後の時間を過ごしました。

 教室でのランチタイムを終えると、間もなく5時間目の移動を始めます。とその時、クラス委員の白沢さんが教卓の前に立って言いました。

「はい、連絡―!きょうのLHRは講堂での芸術鑑賞です!ミュージカル『おやゆび姫』を鑑賞します!今から生物室に行って、そのまま講堂へ行くので、この紙も一緒に持っていってください!」

「それなんですかー??」

クラスメイトの誰かが尋ねます。

「芸術鑑賞の感想用紙!明日中に提出らしいよー」

うげー、とかえーとかの声に交じりつつ、紙を配る白沢さん。私たちのグループにもきっちり配っていきます。アカネお姉さんなら感想用紙を書くのは苦手なのですが、私は大得意です。それに、いまからミュージカルを観れるそうではありませんか。入れ替わった日にたまたまこんなイベントがあるなんて。急にわくわくして来ました。生物の道具と、今の用紙を持つと、私は濡れた靴下があまり気にならなくなったのを自覚しながら、生物室へ向かいました。

 生物の授業は淡々と進み、特に実験もないまま終わりました。アカネお姉さんの生物のノートは、冒頭は板書を良く取れているものの、後半は部分部分が抜けていたり、文字ではない何かが書かれていたりと、授業の半分を過ぎると力尽きているのがよくわかります。今回ははじめから終わりまでばっちりと板書できました。アカネお姉さんのほうは大丈夫でしょうか。今日の授業の内容が明日以降わかるかと、少し心配になります。

 生物が終わっていよいよLHR、講堂での芸術鑑賞です。アカネお姉さんからは、生物室などの場所は聞いていたのですが、講堂はどこにあるのかわかりません。とりあえず、何事もないように赤井さんたちのグループに交じって、ついていきます。体育館とは反対側の廊下の端にある階段を下りると、一階の出口に着きました。この出口からはコンクリートのたたきの渡り廊下が伸びていて、その先に立派なチャペル風の建物がありました。これがみんなの言う「講堂」のようで、生徒たちが渡り廊下を通って続々と入っていきます。中には生徒の父兄でしょうか、大人の方の姿も見えます。かなり有名なミュージカルの演者さんがいらっしゃるのでしょうか。おそらく今日までに何度か告知はあったはずなのに、アカネお姉さんは一言も私にこのことを伝えてはくれませんでした。ミュージカルよりもスポーツ観戦の方に興味があるので、仕方ないですね。

 講堂を目の前にして、いよいよミュージカル!と思ったのですが、私は渡り廊下の前でそこを通るのを躊躇してしまいました。いつの間にやら、雨が降り出していたのです。予報では今日は晴れのち曇りだったのですが・・・。渡り廊下には屋根が設置されていて、直接濡れるのは防げます。しかし、問題は足元です。横から吹き込んでくる雨が渡り廊下の地面を濡らしていました。さらに、土足のままそこを歩く父兄もいて(渡り廊下は土足OKらしいです)、ほとんど濡れているのが目で見てわかりました。上履きを履いていると難なく通れるのですが、私にはそれがありません。かといって、外靴を履こうと思っても、ひとりだけ外靴というのも気が引けて、反対側にある靴箱まで取りに戻るのも、生徒の波に逆らって歩かねばならないため大変です。時間もそんなにありません。

「アカネ?どうしたの?」

渡り廊下の入り口付近で立ち止まってしまった私を不思議に思った赤井さんたちが尋ねます。

「早く行こうよー。みんなとはぐれちゃう!」

このままいくのはとても気が引けますが・・・。先程の美術でぬれた靴下はまだ乾ききっておらず、一緒なのかな、とも考えて、みんなを待たすわけにもいかず、意を決してこのままいくことにしました。さすがに足の裏全体を付けるのは無理だったので、なるべく濡れていないところを選びつつ、どうしようもないところは諦めて、靴下のつま先を濡らしながら講堂へとたどり着きました。最後の方は人の多さにバランスを崩し、靴下は足の裏全体がさらに雨によって濡れてしまったのでした。

 講堂はベンチがたくさん並んでおり、多くの生徒や父兄がすでに座っていました。一歩足を踏み入れると、床は学校のものと違って木のフローリング。濡れたままの上履きで入るため、全体的に湿っぽくなっています。すでに諦めていた私は、足の裏全体を付けてペタペタと講堂内を歩き、自分のクラスの列に座りました。ちょうどベンチの端っこです。お友達と「おやゆび姫」のあらすじについて話しながら待っていると、やがて全体が暗くなりました。司会の方のお話によると、やはり演じるのは東京の方でミュージカルを演っていらっしゃる有名な演者さんたちでした。公演時間は途中休憩をはさんで約1時間30分です。わくわくが高まる中、さすがに雨でびしょ濡れの靴下を不快に思った私は、真っ暗な中で見えないだろうと思い、この時間だけ脱いでおくことにしました。人前で自分から素足になるなんて、生まれて初めてです。とても恥ずかしいですが、ミュージカルに集中したいので、やむをえません。靴下に集中を持っていかれては元も子もありません。隣の人にばれないようにこっそりと身をかがめ、右手で右足の靴下を脱ぎ、床に置きます。左側も同じように。靴下のつま先の方を足で触ってみましたが、ぐっしょりと濡れて冷たくなっています。1時間30分ではとても乾きそうにないですが、この時間だけでも、素足で過ごすことにします。

物語のキリがいいところで、一度幕が閉じました。途端に明るくなる講堂内。アナウンスによると、一旦休憩だそうです。それまでのスリリングな場面を見て油断していた私は、靴下を履きなおす暇もなく、靴下を脱いでいる恥ずかしいさまを隣のお友達にばっちり見られてしまいました。

「あれー?アカネ、ハダシじゃん!どしたの?」

「あ、えーと、さっきぬれちゃって、えへへ・・・」

あわてて素足をちぢ込めますが、何の意味もありません。ほかのお友達からも、素足珍しい、とかきれい、とか見られてしまいました。とても恥ずかしく、再び顔が真っ赤になってしまいます。10分ほどの休憩ののち、再び暗くなって、幕が上がります。再度公演が始まると、先程までの恥ずかしさも忘れて、話に没頭してしまいました。

 公演が終わり、余韻に浸ろうとしていると、その間もなく教室に帰ることになりました。周りの生徒たちが続々と立ち上がる中、私は脱いでいた靴下を拾うと、それを履いている時間はないなと思い、手に持ったまま裸足で帰ることにしました。本当は幕が終わってエンディングの間に再び靴下を履くつもりだったのですが、あまりの感動にそれも忘れてしまっていました。靴下を持った感じだと、先程までと湿っぽさは変わらずです。渡り廊下に差し掛かると、先程までの雨は上がっていましたが、地面には水たまりなどもあって、渡り廊下は全面が濡れていました。靴下を履いたままではまた濡れることになるところでした。裸足のまま、冷たい渡り廊下を通り、ペタペタと廊下を歩いて教室に戻ります。自分の席に座ると、ようやく落ち着くことができました。それにしても、ミュージカル、よかったなあ。これについては、姉に大感謝です。感想文もびっしりと書いておこうと思います。

 

つづく