「わお、上履き、わすれた・・・」
「メイ、スカーフも、してなくない?」
「わお・・・」
あの先生って、どんな声をしているんだろう。近くで見たら、もっとかっこいいのだろうか、と先生のことで頭がいっぱいだったメイは、上履きとスカーフを忘れてきたことに気づいた。気づいた時はもう学校の前で、再び家まで取りに帰るのも面倒に思い、靴を脱いで白い靴下のまま1階の中学生の教室へ。
「はあ、また忘れちゃったよお・・・って、ハルさんもじゃない?上履き忘れ」
「えへへ、てっきりあると思ってたらなかったよ・・・」
お互いに上履きを忘れたことに照れつつも、似た者同士だなと改めて思う。メイたちの教室は小学生と同じフロアで、隣同士。小学校から中学校に上がっても、ただ教室が変わるだけだから大して何も変わらなかった。メイは学校の中の裸足にも慣れており、上履き忘れも初めてではない。校内もけっこう綺麗なので、靴下で過ごしても特に支障はなかった。
教室に入ると、そこには机が2つのみ、並んで置いてある。学年は変わっても、環境は全く変わらない。勉強も、1つしたのハルナと一緒だから、半分は復習。それでもいちおう習うべき範囲は終わるのだから、不思議なものだ。メイは数学が苦手だった。だが、英語、国語は大好きだ。小さい頃から読書が好きだからかもしれない。ただ、遠出した際、思い切って洋書を買ってみたものの、難しすぎて、今は棚に眠っている。
席も入学時から変わらない。窓側の席。といっても、窓からは遠い。2つの机にしては、教室が広すぎる。30個はゆうに入りそうだ。授業が始まるまで数分、宿題の確認をしながらぼーっとしていると、突然背の高い男の人が校長先生とともに入ってきた。その人が新しい担任だとメイが気づくのに、10秒を要した。男の人に目の前で手を振られて、意識を取り戻した。
「こんにちは、八重野、メイさん、だよね?」
「えーと…、あ、はい、そうです。私が八重野メイです」
冷や汗をいっぱいかいている。心臓が踊る。その男の人はしゃがんで、メイと同じ高さに顔を持ってきて、話を続ける。整った、端正な顔立ち。ジャニーズのあの人を連想させる。明らかに島の人じゃない。そんなに日焼けもしておらず、メイよりも肌は白かった。
「僕は、吉永雄一郎。今年から君の担任だ。よろしくね」
左手を差し出そうとして、右手に変えた。差し出された右手を、メイは握った。大きくて、すべすべした手。漁師のお父さんやほかのおじさんたちのごつごつした手とは、明らかに違った。
「よ、よろしくお願いします・・・!」
新しい先生、吉永先生はハルナとも握手を交わすと、何か質問はないかと問うた。ハルナが手を挙げて尋ねる。
「あの~、前の、片桐先生は、どうされたんですか?急にどこかに行っちゃって…。」
「うーん、僕も知らないんだ。僕はただ転勤を言われてこの島に来ただけだし。いやあ、港では失礼したね。何分、あんなに揺れる船は初めてでね。すっかり酔ってしまった」
見られていたのか、私たち・・・!
「いえ、大丈夫です・・・!」
「それなら良かった。君たちも、あの船に乗るの?」
「はい、お出かけする時はあれしかないですから」
島には空港はなく、島外への移動手段は、完全に船しかない。だが船と言っても、漁師さんの船もあるし、いざという時でも大丈夫だ。
「大変だなあ。僕も慣れないといけないな。・・・さてもう始業式が始まるよ」
「え?もうそんな時間ですか?」
「うん、もうすぐ9時だ。」
黒板の上の時計は確かに8時45分をさしていた。でも、もうすぐというわけでもない。吉永先生は立ち上がって教室内をいろいろと見て回り始めた。習字、絵、歴代の卒業生の作品。ほとんど日に焼けた壁だが、メイ達の思いではたくさん詰まったものだ。
「なあ、棚、もうちょっと整理しないか?ぐちゃぐちゃだなあ。3つも使ってるのに」
教室の後方から声がした。見ると、吉永先生は後ろに備え付けられた棚の前でゴソゴソしている。メイは立ち上がって、棚の前にしゃがんだ。隣には先生がいる。メイとハルナの2人しか使わない教室、40ほどある棚も使い放題。メイは真ん中の縦3つを、教科書や習字道具などをいれて使っている。なるべく綺麗に整理していた。だから先生が今整理しているのは、ハルナの棚。メイの棚と1列挟んで3つを使っている。だがこちらはメイのとは打って変わって、プリントや教科書が押し込められ、いつのかわからない体操服が丸めて入れられている。先生が一つ何かを引き出すと、つられてぼろぼろ落ちてくる。埃もたまっているようで、時々先生が咳き込む。あわててハルナが手伝いにいく。メイはその様子を面白く見ていた。そんなことしても、またすぐもとどおりになっちゃうんだから。ハルナは片付けが苦手なんだよ。
それでもさすが、先生は手際が良く、10分の後にはメイの棚と変わらない整頓された棚になった。メイとハルナは感動を覚え、感嘆の声をあげた。
「先生すごおい。こんなに綺麗になるなんて」
「前いた学校ではしょっちゅうでね。こういうのみると、整理したくなるんだ。何でだろうね。さて、時間になったし、始業式と行こうか。ん?そういえば君ら2人揃って上履き履いてないけど、ここって、上履きいるんだよね?」
先生は私たちの足元に視線を移すと、そう言って不思議そうな顔をした。
つづく