「起立、礼!」
「さようなら!」
「はい、さようなら!また月曜日にね!」
帰りの会が終わり、僕も友達と連れ立って帰ろうとすると、上着の裾をぎゅっと握られた。振り返ると、頭一個分下の方で、大きなツリ目の女の子が見上げていた。
「ちょっと、遠山くん、何で帰ろうとしてるの??」
「ちぇー、見つかっちゃった」
そこにいたのは僕より背が20センチほど小さい女の子。茶色がかった髪を左右で二つ結びにして、学校の制服をきちんと着こなしている(僕の小学校では、制服があるのだ)。スカート丈やリボンの位置、結び方など完璧だ。そして足元は、黒タイツに、上履きがない・・・?
「おーい、イブキ、かえろうぜー」
「ごめん、あとちょっと日直の仕事してからいくわ!」
「おっけー、じゃあポッポ公園で!」
「おう!」
みんなと話をしている間も裾をぎゅっと握る女の子は、近海カエデ。今日の日直は彼女と僕だった。
「さっ、ちゃっちゃとやってかえろうぜー」
ざわざわしていた4-2の教室も、みんな帰って僕とカエデの二人になるとシーンとする。早く終わらせて、公園に行かなきゃ!
「まずは日誌かいて、それから掃除場所の点検をして、日誌を出して、お花の水やりをしたら、今日はおしまいだよ」
そう話しながら、自分の席に座るカエデ。僕は彼女の前の席に座って、カエデと向き合った。上履きを履いていない、黒タイツのつま先が机の前のパイプに置かれているのが見える。つま先の部分はタイツが透けて、カエデの指の形が見えている。
「・・・結構仕事あるんだな。・・・ところで、カエデ、上履きはどうしたんだ?さっきまで履いてなかったっけ?」
僕が自然に聞くと、カエデは足の指をくねくねとさせながら、
「上履き?今日は金曜日で、持って帰らなきゃならない日でしょ?先生が、帰りの階の前に上履き入れに入れてねって言ってたじゃん!」
髪を揺らしほおをぷくっとして怒るカエデ。そんなことしたら靴箱まで行くときに靴下が汚れるし、第一毎週上履きを持って帰って洗って持ってくるなんて、面倒でやっているクラスメイトはあまり見かけない。先生もそこまで厳しく上履きについては言わないし、ちゃんと毎週上履きを持って帰っているのはカエデくらいのものではないだろうかと思う。
 今日の時間割とその内容、欠席者、遅刻者、一日の振り返り事項をまとめると、日誌作業は終わり。次は教室などの掃除点検だ。たいていは適当に見るだけで終わりなのに、カエデは掃除用具入れからほうきとちりとりを取り出すと、一本を僕に渡した。
「え?なにこれ?」
「なにって、ほうきだよ」
「んなことわかってるよ。なんでほうき出したんだよ」
「まだゴミが残ってるでしょ?あそことか、黒板の下とか。それもきれいにして、点検は終わりだよ」
「まじかよ?めんどー」
「口より手を動かすの!私は前の方やるから、遠山くんは後ろの方お願い!」
そう言って、タイツのままペタペタと教室を歩くカエデ、黒板の下の一段高いところをほうきで掃いていく。僕も早く終わらせたいと思って、何も言わず掃除を始めた。みんなちゃんとやっていないのか、かなり砂やほこりがたまっている。端の方にゴミを集めると、いち早く掃除と花の水やりを済ませたカエデがペタペタとちりとりをもってやってきた。そういえば、じょうろをもってタイツのまま廊下に出ていってたな。
「はい、入れて入れて」
「おう、サンキュ」
しゃがんでちりとりをほうきの先に差し出すカエデ、背が低いせいで、しゃがむともっと小さくなる。
「さ、掃除終わったし、あとは何だっけ?」
「日誌の提出と、理科室の掃除点検だよ!」
「まじかよ、理科室も見なきゃなの?」
「先生に見ててねって言われてるから!さ、カギの点検するよ!」
僕たちはランドセルを背負うと、教室のカギがすべて閉まっているか確認をし、まずは理科室へ向かった。前の方で大きなランドセルを背負い、右手に上履き入れを下げたカエデが歩く。タイツのまま、ペタペタと廊下を歩く。こんなに歩くなら、まだ上履きを履いててもよかったんじゃないだろうか?かかとの部分から肌色が透けて、廊下が冷たそう。
 理科室は鍵がかかっていないらしい。ガラッと戸を開くと、カエデはランドセルと上履き入れを机に置くと、準備室からほうきを2本持ってきて、片方を差し出した。
「はい、じゃあ前の方おねがいね、私は後ろの方やるから!」
「わかったよ、ちゃっちゃとやっちゃおうぜ」
カエデは満足そうにうなずくと、ペタペタとくすんだタイル張りの理科室を歩いていった。ここもあまりちゃんとやっていないのか、掃除をしてもまたたまるのか、軽くやっただけなのに砂やほこりがこんもり集まった。ちりとりを差し出すカエデも、
「まったく、ちゃんと掃除してないんじゃないの・・・」
とつぶやいている。
「さ、やっと終わった!」
理科室を出るころには、外が暗くなり始めていた。4時30分に終わったのに、気づけばもう5時30分だ。帰宅時間は6時だから、もう遊べないじゃないか・・・。
「お疲れ様!遅くまでありがとうね、遠山くん」
遊べないのがわかってがっくりする僕にそう言ってほほ笑むカエデ。よくよく見ると、かわいい。
「べ、べつに、日直の仕事だから仕方ないじゃねえか。一人でこんだけやるのは大変だろうし・・・」
「なんだかんだ言って、遠山くんって優しいんだね」
「っち、そんなことないし!早く日誌出しに行こうぜ!」
カエデにそんなことを言われて、顔が熱くなるのを感じた。あわててカエデに背を向けて、職員室を目指す。日誌を出し終わると、一緒に靴箱へ。
「わ、けっこう汚れちゃった・・・」
運動靴を出して、足の裏を確認するカエデがつぶやいた。
「タイツのまま歩くからだろ?真っ白じゃん」
「あ、あんまり見ないでよー、恥ずかしい」
そう言って、足の裏を手ではたくカエデ、頬が赤くなっている気がする。
「遠山くんは持って帰らないの?」
上履きを靴箱に入れようとする僕にカエデが言う。僕は何か言おうとして、やめた。上履きを手に持つと、
「まあ、たまには洗っておかなきゃだよな」
「うん、いいと思うよ」
上履き入れを後ろ手に持って、にっこりするカエデ、そんな表情を見ると、また顔が熱くなった。
校門を出ると、僕とカエデは反対方向に帰ることになる。
「じゃあ、また来週ね!まっすぐ帰るんだよー」
そう言って、笑顔で手を振るカエデ。
「るせ!じゃあな!」
僕はまだ顔が熱かったが、かろうじてそれだけ言うと、大きく手を振って、駆けだした。
 
おわり