私が、学校の中で初めてのことをしたあの日から1か月が経った。あの日持って帰った上履きは、週明けの月曜日には、きっちりと持っていってしまった。わざと持っていかないでおこうか?などと考えたりもしたけれど、まだ、だめだった。クラスメイトや、ほかの生徒たちの目があるし、たくさんの人たちの中で、自分だけ靴下で過ごす、なんて、考えただけでも恥ずかしかったのだ。

あの日の靴下は、自分で洗濯をすることにした。池永くんと別れて、家に帰るまで、私はずっと、自分の靴下のことを考えていた。あたりは真っ暗だったし、池永くんの目も合って、その場では確認できなかったけれど、きっと私の真っ白だった靴下は、真っ黒に汚れてしまっていることだろう。帰宅すると、いつものように、お母さんにただいまを言って、自分の部屋に荷物を置きに行く。私の部屋は、2階建ての一軒家の2階にある。靴下のまま、ペタペタと階段を上っていくと、自分の部屋に近づくごとに、心臓がどきどきしてくるのを感じていた。はやく、自分の靴下を見たい。どうなっているんだろう。部屋に入ると、素早くドアを閉めて、一応、鍵をかけておく。カバンを机の横にかけると、私はカーペットの上にペタンと座った。後ろを振り向いて、スカートのすきまから露わになった靴下の裏。

「わあ・・・」

そこには、真っ黒に、私の足の形が浮かび上がっていた。5本の指と、土踏まず意外の部分は、学校の砂やごみで、真っ黒になっている。白と黒のコントラストが、こんなにきれいに出てしまうなんて。私は感動して、しばらくその場に静止していた。お母さんに晩ごはんに呼ばれているのにも、気づかずに。

あの日の靴下は、土曜の朝、自分でこっそりと手洗いをして、元の白い靴下にもどしてしまった。土曜はお父さんもお母さんも、パートやお仕事で家にいない。私は一人っ子だし、誰に見られる心配もなく、あの日頑張った靴下を洗うことが出来た。

「ふう、きれいになった!」

ごしごしと頑張って洗った私の靴下。元の通り、真っ白だった。

「また、やってみたいな・・・」

次は、もっと長く、靴下のまま、歩いてみたいな、そう思っていた。

そして、1か月が経った今日、週末の金曜日。私は再び、上履きを持って帰ってきていた。週明けには、これを持っていかなければ、学校で履ける上履きはない。私は決めていた。月曜日、この上履きは、持っていかないんだと。こんなこと、誰にも言えない。相談もできないし、自分で決めるしかない。私は、家に持って帰ってきたその上履きを、しっかりと洗った後、箪笥のひきだしにしまった。

日曜日の夜。明日の準備を済ませると、私はふと、箪笥のほうに目をやった。そこには明日持っていかなければならないはずの、上履きが入っている。これがなければ、私は明日、一日中、、靴下のままで、学校内を歩き回らねばならない。明日の授業は、1限目から、国語、体育、化学、英語、音楽、数学。移動教室が一番多いのだ。つまり・・・。わかってる。それはすごく恥ずかしい。でも、私はそれをやりたい。矛盾する気持ちを抱えたまま、私はベッドに入った。きっとなかなか眠れないだろうけど、とりあえず。

 明日、私はいったいどうなってしまうのだろう。上履きを持たずに学校に行く。靴箱について、靴を脱いでしまえば、それから履けるものはなにもない。靴下のまま、行くしかないのだ。できるのかな。私にそんなこと。でも、やりたいんだ。

 翌日は、いつもより早く目が覚めた。身支度を済ませ、朝ご飯を食べる。制服に着替え、あの日、真っ黒にしてしまった靴下を履いて、ローファーを履き、家を出た。授業の用意は全部OK。体操服も。ただ、私の荷物の中に、上履きは入っていない。わざわざ、それが入っていない事を、さっき確かめたばかり。

「いってらっしゃい!」

私の計画に気づくはずのないお母さんは、いつもよりはやいのね、と、いつもと変わらず私を送り出す。お父さんも、いつもと変わらない。ただ違うのは、私が、初めてのことをやろうとしていること。

「いってきます!」

もし靴箱で躊躇ってしまったら、そうならないことを願うけれど、もし、上履きが必要だと感じてしまったら、悔しいけれど、ここまで取りに戻らねばならない。それを考えて、私は家を、いつもより1時間、早く出た。学校までは、電車1本で20分。駅までの道のりは、10分である。

 学校につくと、もちろんのこと、まだほとんど人通りはなかった。先生たちの車も、まだまばらにしか来ていない。私はそんな風景を横目に、靴箱へ向かった。金曜日、上履きを持って帰った私の靴箱。そこをのぞくと、当たり前のように、何も入っていなかった。

「そりゃ、そっか・・・」

私はカバンを持つ手にギュッと力を込めた。右、左、と履いていたローファーを脱ぐと、すのこの上に、白い靴下だけの足を置く。いつもならこのあと、靴箱から上履きを取り出して、それに足を通す。でも今日はそれはない。ふうーと息を吐くと、私はローファーを靴箱にしまう。思った以上に、すんなりとできた。あとは、靴下のまま、一日、学校で過ごすだけ。だけれど・・・。私は、足をおいたその場から、しばらく動くことができずにいた。それに気づいたのは、ローファーを脱いでからしばらくたってからだった。

 どうしよう。教室への一歩が、ふみだせない。


つづく