「あなたが好きです。私と、付き合ってください」
放課後の校舎の中庭で、僕は一人の女の子にそんなことを告げられた。4限目の移動教室の後、自分のクラスの教室に戻ってくると、僕の机の上に、一通の手紙が置かれていた。宛名は僕で、差出人は、同じクラスの高鳥つばささん。黒くつやのある長い髪を腰のあたりまで伸ばし、頭には毎日違うカチューシャをつけてくる。服装の乱れは全くなく、ネクタイもしっかり絞めてるし、プリーツのしっかりしたスカートの丈も校則に引っかからないような長さ。シャツも毎日しわはないし、学校指定の白いハイソックスも、ワンポイントの位置まで合わせて、ふくらはぎまで伸ばしてくる。もちろん成績もよくて、学年1位、2位を争う。その相手はいつも僕である。僕も負けじと、毎回猛勉強で試験には臨んでいる。そのほか、パソコンも得意だし、料理や裁縫も女子の中ではピカイチだ。僕は全く及ばない。ただスポーツだけは苦手のようで、そこは同じく苦手な僕でも勝てるくらい。別にうれしくないけどね。
そんな高鳥さんからの手紙、そこには一文だけ、彼女の丁寧な文字で綴られていた。
”今日の放課後、北校舎の中庭に来てください。”
僕は一瞬でそこで何が起こるか、理解した。たぶん、あれだろう。でも、まさか、僕に・・・?その考えをいったんは否定したものの、でも、やっぱりそうだよなあと思い直し、放課後まで悶々と待っていた。
そして放課後、僕はホームルーム終わりのその足で、荷物を持ってそこへ向かった。僕の高校には、校舎が二つある。北校舎と南校舎。間は渡り廊下で結ばれ、北校舎は中央の中庭を囲んで、ロの字型になっている。その中庭には、二羽の鶏じゃなくて、遺跡が残っている。校舎を建てるとき、調査のため掘ったら出てきたという、弥生時代の遺跡だ。その復元模型の住居があって、その中は誰でも入ることができる。僕はその中の椅子に座って、高鳥さんを待っていた。
高鳥さんはすぐにやってきた。入り口をのぞく一人の女子生徒。シルエットですぐにわかる。こんなに長い髪をした、スラリ、ほっそりとした体つきの女子は、この学校にほかにいない。
「ごめん、待った、鶴田くん?」
「ううん、僕も、今来たところ」
高鳥さんは、腰をかがめて、薄暗い住居の中に足を踏み入れた。遺跡の関係で地面は土だが、ここは上履きのままで歩いてもいい範囲。僕も高鳥さんも、学年カラーの赤色の上履きを履いている。
「いきなり呼び出しちゃって、ごめんね。今日、予定合った?」
僕の真向いのイスに座り、顔の前で手を合わせて、首をかしげる高鳥さん。僕との距離は50センチ、といったところか。
「ううん、何もないよ。部活は週2だし」
「そっか、よかった」
ちなみに僕は文芸部、高鳥さんは演劇部である。
「それで、話って・・・?」
「あ、うん、そのことなんだけど、あの、いまから私の話、何も言わずに、聞いててくれない?」
心なしか、頬を赤く染めて、高鳥さんは言う。
「うん、わかった・・・」
「ありがと。じゃあ、言うね」
ごくり、とのどを鳴らす。いったい、なにが・・・。
「鶴田くん」
「・・・・・」
「あなたが、好きです。私と、付き合ってください」
「・・・・・」
「・・・・・」
そういったっきり、高鳥さんは黙ってしまった。でも、何も言わないで、と言われているし、待つことにする。なんだか妙にそわそわしている高鳥さん。足をもじもじ。なんだろう?
「あ!ごめん、高鳥くん、もう時間だ!行かないと!」
「え!?」
そういうと、高鳥さんはシュタ、と立ち上がり、ササっと住居から出ていってしまった。何だったんだろう、今のは。僕、こくはくされたんだよね?でも、返事も聞かずに出ていって・・・。
ふと今まで高鳥さんが座っていた方を見る。そのイスの足元の部分に、片方の上履きが、落ちていた。赤色のゴム底が見えている上履き。かかとの部分には高鳥、の文字が。間違いなく、今までそこに座っていた、高鳥さんの上履きである。忘れて、行っちゃったのかな?でも、脱げたのなら気づいて履きなおせばよかったのに・・・。片足だけ、靴下のまま行っちゃったの?彼女の去り際、どうだったか、僕はよく思い出せない。何しろ、彼女の行動の意味を理解しようとすることで、頭がいっぱいだったのだ。
さて、この上履きをどうしよう。いちおう、持って行ったほうがいいのかな。高鳥さんも明日困るだろうし・・・。僕は落ちていた上履きを拾い上げると、ちょっと迷って、かかとの部分を持って、歩き出した。それにしても、あれは後から返事をするべきなんだろうか。イエスか、ノーか。僕的には・・・、もちろん、イエス、だろう。勉強ではライバルでも、やぱり付き合いたい女の子だ。男子の中でも人気の高い高鳥さんが、僕に告白をしてくれた。これってすごいことじゃないのか?それを逃すなんて、ありえない。僕はそのまま靴箱へと向かった。途中の掲示板には、演劇部のポスターが。定期的に体育館で劇を上演してくれるのだが、今度のテーマはシンデレラか。たしか、高鳥さんも入ってたっけ。きっとヒロインのシンデレラ役をやるのだろう。いままで主役は先輩だったけど、この前引退して、2年生に引き継がれたはずだ。そうなるともう、ヒロインは彼女しかいないだろう。
僕は靴箱の手前まで来ると、ふと足を止めた。僕たちのクラスの人の靴箱が並ぶところに、一人の女子生徒が立っていた。ほかの誰でもない、高鳥さん。彼女は右足に上履きを履いて、左足は白いソックスのままで、そこに立っていた。みんなが土足で歩く靴箱付近なのに、ためらうことなく、足の裏全体をつけて立っている。彼女は僕に気づくと、すたすたと近づいてくる。上履きを待っていたのか?それとも、僕の返事を・・・?
「あ、高鳥さん、これ・・・」
「わあ、鶴田くん、持ってきてくれたの?うれしい、ありがとう」
にっこりほほ笑む高鳥さん。照れてしまう。
「う、うん・・・」
「でも、それ、私に合うかなあ?」
「え?でも、これ、高鳥さんの・・・」
「履かせてみてくれないかな?」
「へ?」
そう言うと、高鳥さんは上履きを履いていない、左足を持ち上げた。・・・なんだかこれ、どこかで見た、というか、読んだ場面・・・。
「わ、わかったよ」
僕は荷物を置いて、床に膝立ちをした。本の挿絵で、こういう姿勢をしていたと思う。目線を下げると、高鳥さんの白い靴下をはいた足が、目の前に来る。中庭の土や、校舎のホコリがついて、茶色っぽくなっている。僕はそんな彼女の靴下だけの足に、上履きをそろりと履かせた。ぴったりだった。
「わあ、ぴったりだ。私のだね、鶴田くん」
「う、うん、そうだね」
わかっていたはずだけど・・・。
「はい、かーっと!」
「おつかれー!」
「へ?」
高鳥さんが上履きを履き終わった直後、どこに隠れていたのか、たくさんの生徒があちこちから出現した。
「よかったよー、ばっさー!これなら本番も大丈夫だね!」
「ありがとうございます!」
・・・やっぱりそうだったか、これは・・・。
「いやー、だますようで悪かったね、鶴田くん。自然な感じがいいってばっさーが言うからさ。ドッキリ的にしちゃったんだ。ほんとうにすまないね。どうしても君がいいっていうからさ」
「あ、いえ、大丈夫です、けど・・・」
学校のセーターをプロデューサーのように肩にかけた先輩が僕に頭を下げて言った。そうだ。今までのは全部、今度の劇の練習だったのだ。そう実感すると、肩の力が抜けていく気がした。じゃあ、あれも全部演技だったんだ。
汗を拭いてもらった高鳥さんが、僕のほうにやってきた。
「よーし、じゃあ、いったん部室に戻るぞー!」
監督役の一言で、部員らしき人たちは一斉に動き出した。照明やカメラまで準備されていた。
全員が引き返していく中、高鳥さんは僕の手を引いて、靴箱の蔭へ。いったいなんだろう。
「鶴田くん、さっきは、ごめんね。なにも説明しなくって。でも、自然な感じにしてほしかったから、あえて何も言わなかったの。鶴田くんなら、きっとやってくれると思って・・・」
「うん、大丈夫だよ。最初はびっくりしたけど、高鳥さんが、あんなこと、言うはずないしね・・・」
「でもね」
「ん?」
口ごもる高鳥さん。夕日にあたってかどうか、耳まで真っ赤になっているように見える。
「鶴田くんへの思いは、ウソじゃないよ」
「え?」
「返事、待ってるね」
「へ?」
そう言って、高鳥さんはパタパタと走って行った。
今度は僕が、明らかに、顔を真っ赤にする番だった。
おわり