私の担任の先生は、なぜかいつも頭に帽子を乗せている。入学してからかれこれ1年になるけれど、先生がその帽子を取るのを見たことは一度もない。私のクラスのみんなも、こそこそ噂はしていたけれど、先生に聞いてもはぐらかされるし、取ろうとすると逃げてしまうし、不意打ちをしても、なぜか帽子は全くずれない。そんなこんなで、クラスの人はみんな、帽子について気にするのをやめてしまった。
けれど、私は未だ気になっていた。先生の帽子の中には、一体なにがあるんだろう。ただ単にハゲてるってだけじゃないと思う。だって、隠し方が尋常じゃないほど厳重だし、先生はまだ40代だ。授業のないときは、先生はいつも美術準備室にいる。だって美術の先生だから。ちなみに私はもうすぐ中学校2年生。まだまだやる気は残ってる。
係決めで美術係になった(ジャンケンに勝って)私は、授業前になると、先生になにか準備物がないか確認に行かなくてはならない。その日もまた、男子の美術係、草食系の須藤凪くんと一緒に、校舎の2階の端の美術準備室へ向かった。その日の最後の授業。これが終わったら、明日から3連休だ。
ノックをすると、先生がのっそりと現れた。ちなみに美術準備室に入るには必ずノックをしなくてはならず、私たちではドアは開けられない。鍵をかけているのだろう。また、ドアには窓ガラスがついているのだが、それも先生の綺麗な絵で塞がれて、中は全く見えない。現れた先生のトレードマークの帽子はいつものように、まっすぐ頭の上に乗っている。
「おさむ先生、こんにちは。次の授業の準備物を確認しにきました」
先生の名前は、恵垣(えかき)修。生徒はみんな、おさむ先生と読んでいる。帽子のことを気にしないでおくと、おさむ先生は美術の先生としてはとてもいい先生だと思う。私たちの絵に的確なアドヴァイスをくれるし、コンクールでは必ずと言っていいほど、先生の教えている生徒のなかで少なくとも一人はなんらかの賞をもらう。先生自身も数々の賞を、風景画だけでなく版画や彫刻作品、油絵などでもらっている、すごい先生なんだ。
「ああ、ありがとう。でも、今日は特にないかな。そう伝えてくれ」
先生はにっこりと微笑んでそう言った。
「わかりました!」
そこで私は、聞いてみた。凪くんは帰ろうとしていたけれど、立ち止まって私を見ている。
「ところで先生」
「なんだい?」
「その帽子、とれないんですか?」
いままでにも、きっと大勢の人から尋ねられてきたことだろう。現に私も、ここに来る度に、言葉を変えて何度も質問している。先生は気だるげに答えた。
「またその質問か。いいかげんにしてくれないか?別に、いいだろう、帽子くらい」
「うー、けど、気になって気になって」
「これは私の体の一部だ。とることはできない」
相変わらず、そっけない返事。どんなに私が尋ねても、いっこうに効果はない。
「・・・わかりました。では、失礼します」
先生が美術準備室に戻ってドアを閉め、私たちが立ち去ろうとした時だった。
バタン!
なにかが倒れる音が美術準備室の中から聞こえてきた。私と凪くんは顔を見合わせて、美術準備室の扉をたたく。
「先生、どうかしましたか?」
「なにも聞こえないね」
凪くんが扉に耳をつけながら言う。
「何も聞こえないよ」
「先生、倒れたり、してるのかも・・・」
扉をノックしても、先生が顔を見せないのは、初めてだ。なにかあったに違いない。
「入ろう」
私は言った。
「え、でも・・・」
美術準備室には、無駄で立ち入ってはならないという、美術の先生だけの決まりがある。けれど、いまはそんな決まり、関係ない。
「いいから!開けるよ」
ノブを握る。回す。いつもは鍵のかかっているはずの扉は難なく開いた。
「開いた!」
そのまま、ギイーという低い音をたてながら、扉を大きく開く。美術準備室には中央に大きな机があって、画材道具や石膏像が並んでいる。その机の陰から、先生の足がのぞいていた。ピクリとも動いていない様子。まさか、死んじゃった?!
「ぼ、僕、保健の先生、呼んでくるよ!」
凪くんが慌てて駆け出す。私は慌てて先生に駆け寄る。床のコードにひっかかったのだろう、机の上のパソコンが落ち、先生の足にのっている。脈を取ったところ、ちゃんとトクトクと感じた。とりあえず、一安心。頭は打っていないだろうか。私は先生の顔を見た。その瞬間、私の鼓動が一気に早まった。帽子が、床に投げ出されている。それによって露わになった、先生の頭。そこに私は異様なものを見てしまった。先生の頭から、出血はない。だが、そこには、本来ならあるはずのないものが、ついていた。
「ね、ネコ、耳・・・?」
先生の真っ黒な頭髪の間から、ニョキっと生えた、二つのネコの形の真っ白な耳が、そこにあった。
つづく(7・8一部訂正)