ボクはその鍵を見て、固まっていた。いきなり、なんなんだろう・・・?

「この鍵を、わたしが返して欲しいというまで、鈴木くんには預かっていて欲しいの」

しばらくふたりでその鍵をみつめて、やがて田畑さんが言った。

「なんの、鍵なの?」

「・・・うん、鈴木くんには、全部話すね。わたし、昨日ね、上履きを全部、わたしの部屋の本棚の一画にしまって、そこに鍵を掛けて、取り出せなくしたの。その鍵よ」

「え、じゃあ、これ・・・」

「ええ。その鍵をあなたが持ち続けていてくれるかぎり、わたしは、上履きを履くことができないの。だから、鈴木くん。お願い。その鍵を、大切に持っていて。わたしがいいと言うまで・・・。いい、かな?」

田畑さんはそのうるうるとした瞳でボクをまっすぐに見つめていた。ボクはただ、頷いた。

「こんな大事なもの、ボクなんかに預けて、いいの?」

「ええ、もちろん。鈴木くんが嫌じゃなかったら、是非持っていて欲しい。このことは、鈴木くんにしか、頼めないから」

どうして、どうしてボクなんかに・・・?全くわからなかったけれど、田畑さんはきっとボクを信用してくれているんだと思う。だったら、その期待に、応えたい。

「わかった。責任を持って、預かるよ。だから、田畑さんも、がんばって」

「鈴木くん・・・。ありがとう」

田畑さんが、また、笑顔になった。目尻には、なにか光るものがある。




 「あ、そうだ、ごはん、早く食べなくちゃね。ごめんね、冷めちゃったよね?」

「ううん、いいんだよ。ボクのほうこそ、ありがとう」

「どうして・・・?」

「ボクなんかに、こんな大切な話、してくれて・・・」

「だって、わたし・・・」

そう言って、田畑さんは口をつぐんだ。それから、サンドウィッチを一つ、ほおばった。

「・・・おいしい」

ボクは、よくわからなかったけれど、とりあえず、親子丼を口に運んだ。

「・・・おいしい」

大きな大きな親子丼は、まだ熱を持っていて、それにとても、甘かった。

「・・・だって、わたし、大好きだから」

田畑さんが、何事かつぶやいた。でも、ボクにはうまく、聞き取れなかった。

「え?」

「ううん、なんでもない。サンドウィッチの、話だよ」

そう言って、田畑さんはにっこりと微笑むのだった。




つづく