「ごめんね、急にこんなこと言われても、困るよね・・・。ごめん」

田畑さんはうつむいて、肩をしゅんと縮めた。

「あ、ううん、全然、いいんだけど・・・。もう一回、いいですか?」

「うん。わたし、学校で、上履きを履かずに、靴下のままで過ごしたいと思うように、最近、なっちゃったの」

田畑、さん・・・?本当に、田畑さん?もしかして、シールが上手く吸収されたのか?うん、そうだ、そうに違いない!そうでなきゃ、こんなこと、ボクに相談してくれるなんて、あり得ない。

「・・・鈴木くん?大丈夫?」

「あ、うん、ごめん、ちょっとびっくりしちゃって・・・。田畑さんがそんなこと言うなんて、思ってもみなかったから」

「うん、わたしも、驚いてるの。でもね、学校で靴下のままで過ごしたいっていうのは、ほんとなんだ。きっかけは多分、この前の月曜日。鈴木くんと一緒に、日直した日、わたし、上履き、忘れちゃったんだよね」

うん、覚えてるよ。それは克明に。

「その次の日には、忘れずに上履きを持って来たんだけれど、日が経つごとにね、なんだか上履きを履いているのが、もどかしいというか、とにかく、上履きを脱いで過ごしたいと、思うようになったの。不思議でしょう?いままでこんなこと考えもしなかったのに・・・」

「そうなんだ・・・」

「それでね、鈴木くんに相談っていうのは、わたし、どうすればいいんだろうって・・・」

「ど、どうすればって、いうのは?」

「あ、ごめん、漠然としすぎたね。えっと・・・。わたし、靴下のまま過ごすようにしたほうが、いいのかな?」

な、なんなんだ、この質問。なんだか、田畑さんの生活を左右するような質問・・・。どう、答えれば・・・。いや、迷うことはない。ボクが答えるべきことは、一つしかないじゃないか。

「うん、そうしたほうが、いいと思う」

や、やっちゃった。言っちゃった・・・。田畑さんに、靴下のまま、これからずっと過ごしたら、なんて・・・。

「そっか・・・。そう、だよね」

後押し!

「うん。田畑さんがやってみたいって、思ってるなら、そうしたほうがいいよ。絶対。このまま、上履きを履いて過ごしていたら、きっと気になって、思うような生活が、できなくなるんじゃないかな。それに、やりたいこと、我慢しちゃ、ダメだよ。やったほうが、きっとスッキリするし、逆にこのままだったら、後悔するかもしれないし」

ボクは生きてきた中で一番の熱弁をふるっていた。もちろんそこには、田畑さんに靴下生活をして欲しいという願いはある。でにそれ以上に、田畑さんを悩みから救いたいという思いがあった。こんなに自信なさげで、しょんぼりとした田畑さんを、これ以上見たくないし、そんな田畑さんであってほしくない。ボクの話を聞いていた田畑さんは、しばしあっけに取られていたようだが、やがてにっこりとして、言った。

「そっか。そうだよ、ね。後悔、か。確かに、やりたいことはやってみなきゃね。うん、そうだ。ありがとう、鈴木くん。わたし、決心した。来週の月曜から、そうね、わたしの気が変わるまで、ううん、もう、最後、卒業するまで、わたし、上履きを履かずに、学校で過ごすことにする。靴下生活、やってみる!」

田畑さんは相談前とは別人になったかのように生き生きと話した。それを見ていて、ボクもなんだか、嬉しくなった。田畑さんがボクの意見を聞いて、靴下生活の決心をつけてくれた。あの、田畑さんが・・・。

「よし、決心も決まったところで、鈴木くんに、渡したいものがあるの」

「な、なに?」

「これ、なんだけど・・・」

そう言って田畑さんがテーブルの上に差し出したものは、一本の古びた鍵だった。




つづく