その日、家に帰った僕は、しばらくの間自室で感傷に浸っていた。はっきり言えば、いまという時間に、帰りたくなくなっていた。もう、このまま、ずっと、もう一度人生を過ごしてみたいと思っていた。中学生から、高校、大学というこの流れを、もう一度経験したいと、思った。
だが、そんなことをしても大丈夫かという思いが頭をいっぱいにする。そして、やはりそんな勇気も出せず、僕はそこにあった置き時計に手をのばしていた。今日のところは、帰ろう。今に。いつだって、行けるんだから。

ポチ。

 それから僕は、時計のことなど忘れて大学生活に励んだ。あのフシギな置き時計は、タンスの引き出しにしまって、見えないようにしていた。もし手元にあったら、またボタンを押して、過去に戻ってしまう。それは嫌だった。またあんな思いになるのが、嫌だったのだ。

 1ヶ月後のことだ。僕は少ない衣服の衣替えをしていた。タンスの引き出しを開ける。そこにあったのは、あの時計。以前と変わらず、正確に時を刻み続けていた。僕はそれを手に取った。忘れていたのだ。この時計の存在を。そしてまたこれを見てしまった今、僕の頭の中に、あの頃の記憶が蘇った。小学校時代のことである。

 小学校時代、僕は真面目な生徒だった。何事にも真剣に取り組み、勉強もスポーツもがんばった。クラス委員も、生徒会長も務めていた。
 もちろん、小学校に6年もいたわけだから、上履き忘れの女子をみたことはいく度となくある。そしてその度に、靴下だけ若しくは裸足で校内を歩く女子に、ドキドキとしていたものだった。その頃は、なぜドキドキするのか、はっきりとわかっていなかっただろう。
僕が小学校4年の夏である。
 昼休みも終わりに近づいたとき、僕は一足先に、自分の掃除当番の担当となっているトイレの前に立っていた。校舎の3階で、近くには6年生の教室があり、そこから音楽が流れていた。チラとその中を覗いてみると、かっこいい男子2人と女子2人が、くるくる回っていた。
 特にダンスに興味がなかった僕はそれきり昼休みの時間が終わるまで、校舎の窓から外を眺めていた。窓を開けると、心地いい風が僕の汗をかいた体を覆った。
 そのとき、ふと誰かが来るのを感じた。トイレの横には渡り廊下があって、もう一つの校舎と結ばれていた。渡り廊下は3階までで、その3階の渡り廊下、まさに僕の目の前にあったそれには屋根がない。そこを、僕より年下と思われる女子が二人、こちらに歩いてきていた。ぼーっとその様子を見ていたのだが、彼女たちが近づくにつれ、僕はわけもわからずドキドキし始めた。

 彼女たちは、二人とも、上履きを履いていなかったのである。

つづく