―「ほら、ここよ。あたしが通ってた中学校。わあ、なにも変わってないなあ。」


「へえ~、小さくて、可愛い学校ね。」

「でしょ?あたしが通ってた時は、まだ新しくてきれいだったんだけど・・・。やっぱ白だと、汚れが目立つね。」

あたしは今日、大学の友達、クルミと一緒に、母校の中学校にやってきた。本当は他にもあと二人来る予定だったんだけど、みんな急用ができたみたい。でもなんでクルミにだけ、伝えたんだろう。

「入っても、いいのかな?」

「うーん、どうだろう。先生が誰かいたらいいんだけど。とにかく、行ってみよ。せっかく来たんだしね。クルミに見せたいところもあるし。」

「ほんと!?なになに?」

「うふふ、お楽しみ。」

あたしたちはあいていた校門を抜けて、校舎の方へと、グラウンドを横切って歩いた。当時は広いと思っていたグラウンドだが、今見てみると、ちっぽけなものに見える。当時はここで時々、鬼ごっことかして遊んだっけ。

 2階建ての校舎。その中央部にある玄関のドアに鍵はかかっていなかった。誰か来ているのか。ほっとしたけれど、事務室に人気はなく、あたしたちは玄関のところでどうしようかと困ってしまった。勝手に入ったら、怒られるし・・・。

 するとそこに、年配の男の先生らしき人が現れた。ジャージに身を包み、手には資料の山。

「あの、すいません、あたしたち・・・。」

「あ、ちょっと、まって。・・・いいよ、ついておいで。」

「あ、はい・・・。」

言われるがまま、あたしたちは校内に立ち入った。

「あ、そうか、土足禁止だったね、学校って。確かスリッパを持って・・・きてない。あれ?確か、ここに入れておいたはず・・・。ないや。忘れちゃった。」

「私、スリッパ持ってきたよ。」

「ウソ!?クルミ、準備いいね。」

「えへへ。」

「・・・仕方ない。あたしは、このままでいいや。」

買って数回しか履いていないレース付きの白ソックスを、この日履いていたが、今更どうしようもないので、あたしはそのまま廊下に足をおいた。ひんやり冷たいリノニウムの床の感触を、靴下を通して足裏に感じる。ちょっと汚れちゃうかもだけど、いいかな。

「良かったら、学校のスリッパを・・・って、そうだった、全部消毒に出してるんだった。すまないね。」

「いえ、いいんですよ。それより、あなたは・・・?」

「あ、俺?この学校で数学を担当してる、坂田だ。」

「坂田って、坂田先生ですか!?」

「君は・・・、ああ!あの問題児さんか。」

「は、はい、そうですね・・・。でも、あたし、ちゃんと・・・。」

「ああ、わかってるよ。ちゃんと、償いもしたものな。よく頑張ったと思うよ。」

「あれは、本当にご迷惑をおかけしました。」

「今は、なにやってるんだ?」

「T大学で勉強中です。」

「ほう、T大学か。いいところにいるじゃないか。頑張れよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「で、横の・・・。」

「彼女は、砂川クルミさんです。」

「砂川クルミです。よろしくお願いいたします。」

「よろしく。で、今日はなにしに?」

「友達の彼女に、あたしの学校を見せてあげたいなって、思って。来年、なくなっちゃうんですよね。」

「ああ、残念ながらね。生徒の数が、やはり減っているんだよ。」

「こんなにきれいなのに、もったいない。」

「そうだな。でも、維持費もかかるし。来年からは、隣の地域の中学と統合するんだそうだ。俺もその時は移らなきゃな。」

「大変ですね。」

「まあな。じゃあ、自由に見て回っていいよ。鍵かかってるから、そのマスターキー使いな。ただ、なくさないようにね。俺は、職員室にいるから。」

「わかりました。・・・マスターキーなんて、貸してもらってもいいんですか?」

「ああ、君たちになら、いいよ。そのかわり、このことは他言無用だよ?」

「わかりました。」

それからあたしたちは、学校の中をあちらこちらと見学して回りました。あたしが使っていた教室、理科室、音楽室、体育館。靴下だけで歩き回っていることなど忘れてしまうほど、あたしは懐かしく、楽しい思いでいっぱいだった。当時はちょっとしたいざこざがあって、楽しくない時もあったけど、それもちょっとで、すぐにまた楽しい時が帰ってきた。クルミはというと、いつものよくわからない表情であたしの後ろを

ついてきていたが、いつもより穏やかな表情に見える。





 「ほら、ここよ。あたしが、見せたかったところ。」

あたしがここに通っていて、一番大好きだった場所。学校の廊下の端にある、大きな円形のスペース。多目的に利用でき、集会や遊び場、話が弾む場、また、全面ガラス張りの天井から見える青空や、夜の星を見るのも好きだった。よく、先生と一緒に、夜、星を見ていたものだ。

 あたしはその場所に寝転んでみた。ここだけは床が木の板で、上履きも脱がなくてはならないから、寝転んでも安心。

「気持ちいいね、ここ。」

「でしょ?大好きだったんだ、ここ。」

「ふうん。」

あまりの気持ち良さと暖かさに、思わず眠ってしまいそうだった。

「ねえ、キャラメル、食べない?」

「いきなりなによお。まあ、いいけど。ちょうだい?」

「わあい。はい。美味しいんだよ、これ。」

「白いけど、何味?」

「ヨーグルト。中にラムネが入ってるよ。」

「ふうん。いただきます。」

もぐもぐ・・・。ん、この硬いのが、ラムネか。まあ、美味しいんじゃない?

「どう?」

「まあまあかな。ラムネもいいんじゃない?でも、なんか、眠くなって、きちゃった・・・・・・。」

急に、眠気がひどく・・・。まぶたが、重くなってくる・・・。





上・終わり 中に続く