「山田くん、あたし・・・」
あたしは呆然としていた。山田くんはにっこりとして、
「おう、ようやったな。みんなも、おるで」
「え?」
にっこりと微笑んだ山田くん。その後ろに・・・みんながいた。あたしのクラスメート、担任の片岡先生、教頭先生・・・。みんなに、見られてた・・・いや、みんな、見守っていてくれたんだ。あたしのチャレンジを。あたしは自然に、体のなかから、なにかがこみ上げて来るのを、感じていた。
「も、もう、なによ、みんな・・・。は、恥ずかしい、じゃん」
みんなは笑ってくれた。女の子たちが、あたしの周りに集まって、代わる代わる、あたしを抱きしめてくれた。がんばったね、すごいね。みんなそう、言ってくれた。その頃にはもう、あたしの目は周りがよく見えなかった。手でひたすら、目元を拭っている。
「ほれ、これ、つかい。」
山田くんがそう言って差し出してくれたのは、綺麗にアイロンがけされた、ハンカチだった。もう、抑えきれない。
「う、うわあん!」
あたしの声が、靴箱に響いた。太陽は高く上がり、校舎内にさんさんと差し込んでいた。
それからあたしは、毎日をハダシで過ごすようになった。さすがに山田くんみたいに、冬でもハダシっていうのは、ちょっと辛かった。でも、できるかぎり、がんばった。だって、ハダシって、すごく気持ちいいんだもん。お父さんも、お母さんも、毎日ハダシにビーチサンダルを履いて家を出て行くあたしを見て、とっても嬉しそう。あたしもすっごく、嬉しかった。

こうして、あたしはすっかり、ハダシが好きになってしまった。出かける時は、いつも素足にサンダルを履くようになり、今では家の靴箱にある履物は、素足で履けるものばかり。そして・・・。
「イチローくん、今日も、元気だね!」
「おっす、ヒナ。今日も、サンダルやんね。どや?一緒に、またどっか、いかへんか?」
「海!海行きたい!」
「おっしゃ!ほんなら、土曜の朝、俺が迎えにいったる!どーせまた、家からハダシで来るんやろ?」
「もっちろん!」
あたしと山田くん、いや、市朗くんは、春の風にほど近い大学に、揃って入学していた。ここまで、中学校も、高校も、ずっと一緒。すっかり幼馴染的存在だ。そして、これからも、ずっと。
土曜日。あたしは水着を持って、ワンピースにストローハット、そして、足元はハダシのまま、お父さんに手を振って、家を飛び出した。家の前には、彼ががんばって買った、カッコイイ、スポーツカー。
「おはよ、イチローくん!」
「はよ。さ、行こか?」
「うん!」
あたしと彼、ハダシの2人を乗せたスポーツカーは、勢いよく、春の風の坂道を下っていく。

終わり