リノたちに続いて教室に入ると、僕はそこでまたさらに驚かされた。教室の一番後ろの、入り口を入ってすぐの席にいる、比較的大人しめの女の子、その子の椅子の下で小さく組まれた足。そこに上履きがなかったのだ。そう、彼女、奥村ユウリも、この日上履きを忘れていたのである。このことに当時の僕は全く気付いていなかった。たったいま、初めて気がついたのである。当時はリノの足元にしか目が行っていなかった。
 僕は平静を保ちつつ、教室の一番後ろの自分の席についた。ここからでは、リノもユウリも、足元は見えない。本当に残念でならない。そこで僕は、ちょっと考えて、彼女たちに近い席にいる僕の友人と、朝のホームルームが始まるまで談笑することにした。彼の席の横に立つと、二人の足元はバッチリ見ることができる。その友達が非常に羨ましい。彼に悟られないよう気を配りながら、二人の様子に目を向ける。リノは足を前に投げ出して、友達と談笑。上履きを履いていないことなど、全く気にかけていない。その反面、ユウリは先ほどから足を椅子のしたでくんだり床につけたりと、忙しい。違和感を感じているようだ。またその顔からは困った感じがうかがえる。可愛い。やがて先生もやってきて、僕は自分の席に戻った。ゆっくりと椅子を引いて行くと、なんとかユウリの姿を横目に捉えることはできたがやはり足元は無理だった。でも、楽しみが増えた。なんたって、今日は・・・。

「今日は大掃除を終えて、始業式を終えた10時30分ごろから防災訓練が行われるので、その点、頭に入れといてください。じゃあ、始業式に行きましょう。」
朝のホームルーム。先生は今日の日程を説明した。そう、9月1日の今日は防災の日ということで、避難訓練が行われるのだ。そして避難場所はグラウンド。あの日、僕はリノが靴下のまま乾いた砂の舞うグラウンドをかけて、白い靴下を砂まみれにしていたことを覚えている。そしてその中に、当時はユウリもいたのだ。僕は全く気付かなかったけれど。でも、今日は大丈夫。俄然僕はドキドキしてきた。二人の靴下姿。どんなのだろう。
 初めの始業式の為の体育館への移動や大掃除で、二人の白い靴下の足裏はすでに黒くなっている。そして追い打ちをかけるのが、避難訓練だ。早く、来てくれないかな。
 掃除が終わると、先生はすぐにみんなに席に着くよう指示をした。僕はドキドキしながらその瞬間を待っていた。
 そして来た。いきなりのサイレン。放送。グラウンドへ避難してくださいの指示。僕たちは速やかに教室を出ると、廊下を歩く。走ってはいけない。そして僕の目の前に、ユウリはいる。リノは僕の後ろの方。二兎追うものは一兎も得ず。僕は迷った挙句、グラウンドまでの避難の際、ユウリの行動だけを見ることにした。だって、当時は見ていないのだから。それに・・・。
つづく