「こっちこっち!」
マリナが僕の手を引く。体育館したの薄暗くひんやりとした空間。床はコンクリートのたたきで、埃や砂でザラザラしているのが遠目でもわかる。そこを躊躇なくソックスのまま歩く彼女たちはやっぱりすごいと思う。建物の影を抜けた。と、僕は思わず声を発していた。
「うわあ・・・」
そこは高台の頂上に位置していた。学校の校舎からは森の木々に阻まれて見えなかった、海岸沿いの町並みが一望できる。遠くを船がゆっくりと航行し、空には飛行機。
「すごいでしょ?こっからしか見えないんだよ!」
確かに、その場所だけは木々がなく、視界を遮るものがなにもない。僕はタイムスリップをして、生まれて初めて、僕が小学生時代を過ごした街を、見下ろした。
「確かに、とっておきの場所だね」
「おにいさん、気にいった?」
「うん、もちろん!」
「やったあ!」
「・・・ありがとう。僕にこんなすごいところ、教えてくれて。美波さんも、ありがとう」
「え?いえ、わたしは、なにも・・・」
なぜだろう、ユキさんはほおを赤く染めて、僕から視線をそらす。
「でもね、ここって、靴下で歩くと気持ちいいんだ!ひんやり度MAXで、ザラザラ感がいいんだ!」
なるほど、そういう理由もあったのか。
「あれ?これ、なんだろう?」
「どしたの、コハル?」
「こんなところに時計が落ちてる」
「あ、ほんとだ。すごおい、まだ動いてるよ!」
マリナとコハルがなにやら見つけたようで、僕とユキさんも彼女の元に。草の中に埋れた二人の女の子は、僕のとっても見覚えのある時計を持っていた。
「!!!」
僕は声に出すことなく驚いた。間違いない。これは僕の、あのフシギな置き時計だ!
「ねえねえおねえさん、これ、どうする?」
「はい?それは、なんですか?」
「なんか、目覚まし時計みたい!きゃ!」
まずい!マリナが石に引っかかって転んだ!僕は慌てて彼女を抱きとめ、時計を受け止めた。

ポチ

・・・!?!?あれ?ここはどこだ?家だ。僕がいますんでいる、マンション一室だ。なんで、帰ってきたのだろう・・・。そうだ、あの時。時計を落とさないよう受け止めた時、"NOW"のボタンを押してしまったんだ。しまったなあ。でも、彼女は大丈夫だったかな。
もう一度行こうかとも、考えた。けれど、やめにした。同じ時代に2度も行くことは、ないだろう。

翌日の大学で、僕は運命的な出会いをした。授業が終わって教室を出ようとしたとき。僕は誰かに肩を叩かれた。振り向くと、結構可愛らしい女の人が立っていた。どこか見覚えのある顔立ち。まさか・・・
「覚えています?わたし、美波柚木です。あなたは・・・」
僕は感動して、涙が出そうになった。あのユキさんがここにいる。外見はかなり大人っぽくなったけれど、あの頃の面影は残っている。
「ユキりん!いこう!」
お友達らしい女子に声をかけられ、ユキさんは、
「・・・また、お話、しましょう?わたしのアドレスは、こちらです」
そう言って、去り際に僕にメモを渡してくれた。ユキさんらしい、丁寧な整った文字で、メールアドレスと電話番号、そして名前は、美波柚木。僕はそのメモを丁寧にたたんで、手帳に挟んだ。

あれから1ヶ月、ユキさんとすっかり仲良くなれた僕は、以前とは比べものにならないくらい楽しい生活を送っていた。僕はその日、ふと思うことがあった。上履き忘れやらの、僕がドキドキした日々にはある程度戻って見ることができた。じゃあ、次は、僕の生まれた時に、戻って見たいと思ったのだ。その日仲間うちでご飯を食べに行った時、一人一人の生まれた時についての話になった。いつ産まれたのか。どんな風に産まれたのか。確かに、見てみたい。久しぶりに、あれを使ってみるか。自宅に帰り、夕食を済ませると、僕は時計を持ち出した。20XX年、1月5日。その日が僕の生まれた日。だいたいの時刻をセットすると、僕はドキドキしながらボタンを押した。

ポチ。

(あれ?ここは、どこだ?何も見えない。何も聞こえない。いや、何か、どく、どく、という音がする。まさか・・・。じゃあ、僕は、時間、を、でも、確かに・・・。)

おわり