「もう疲れたあ。いつまで歩けばいいのよ!」
「あともう少しだと思うんだけど・・・、おかしいなあ。この道まっすぐ行けばさっきの集落が見えるはずなのに。」
大学生のクミコとタケルは、まだ日の高い頃、初夏の森の中の道を徒歩で進んでいた。木漏れ日がいい具合にできていて、都会暮らしの彼女たちには感動さえも覚えるものであったが、今はそんなことに心を動かしてはいられなかった。

 クミコとタケルは、理学部物理学科に入っており、今日はラボの実験に参加するために、山奥の実験場へと向かわなければならなかった。だが頼りの准教授は先に行くといいだし、2人に実験に使う道具を持ってくるように指示を出した。
タケルは免許も車も持っていた。クミコはそれを頼りにしていたが、その車、何人もの主人に使われてきて、もう25年にもなる、中古車だったのだ。エンジンからは変な音が出るし、窓は手動開閉、塗装は剥げ、バンパーは傷だらけ。よくこんなのに女の子を乗せようと考えられるものだと、クミコは呆れた。乗ってみると、座席はすっかりそのフワフワ感を失い、変なにおいもかすかにただよう。オートマ車。
車はこんなんだけれど、タケルの運転はうまかった。アクセルとブレーキを程よく使いこなし、ハンドルさばきもスムーズ。歩行者にも車にも、道を譲ってあげることがしばしばあり、クミコはすっかりタケルを見なおしていた。車はこんなのだけど、運転は最高。クミコはいつの間にか、助手席で眠りについていた・・・。
ふと目を覚ます。いつの間にか車は止まっていた。エンジンも切ってある。
「ついたの・・・?」
やけに早いなと、クミコは不思議に思った。大学からは5時間かかると言っていたのだが・・・。体を起こして窓の外を見る。首がつって、しばらく動けない。あちこちが痛い。固いシートで寝ていたからだ。ふと運転席に目をやると、タケルはいない。クミコはドアを開け、外に出て見た。森の澄んだ空気が身体中を満たした。
タケルはすぐに見つかった。よくみると、ボンネットのふたが開き、そこから不気味に白い煙が上がっている。

つづく