「ええ、と、本日より、この第一小学校で勤務させていただきます、水無桜子と申します。今年から教師の仕事を始めます。いろいろとご迷惑をおかけするかと思います。私自身、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。」
ペコリと頭を下げる。拍手が職員室を包む。よかった。取り合えず受け入れてもらえた。一安心。
私は今年、研修を終えて、初めて本当の小学校の先生になることができた。地元の大学の教育学部を卒業した。小学校の先生になるのは小学生のころからの夢だった。現在24歳。ここまで夢を一途に持ち続けられたのは、自分の執着心が強かったからか…。親に似たのだろう。その親も、父親、母親共に小学校の先生だった。今も56歳の父親は、小学校の校長を務めている。
さて、私の名前は先ほども言ったが、水無桜子。担当は2年だった。2年3組の担任という、なかなかの大仕事をいきなりまかせられたもちろん、研修を積んで仕事は大分こなすことができる。でも新学期の始業式、教室に入るまで心臓は激しく波打っていた。
「落ち着いて、落ち着いて…。大丈夫。私はできる…。」
自分を自分で励まし、教室のドアを開ける。校舎は古く、床のフローリングはくすんでしまっている。壁にも木が使われており、どこか温もりを感じる。ガタガタ言わせながら引き戸を開けて中に入る。教壇の前に立ち、顔を上げる。始業式で担任発表があったときはよく見えなかったクラスのこどもたちのたくましい顔が、こちらをじぃっと見つめていた。1年から2年生になる際には、クラス換えは行われない。1年生から引き続いて同じ友達同士とあってか、雰囲気は柔らかかった。男子の何人かは、私を見てこそこそなにか言っている。なんだろう…。でも細かいことは気にせず、黒板に自分の名前を書く。これが難しい。黒板に字を書くということが、最後まで私を苦しめた。私は字が汚いのだ。でもなんとか練習を繰り返し繰り返し、今ではスピードは劣るものの、読めるようにはなっていた。
けれどもやはり心配だ。みんなは読めるかな…?しんとした教室の中に、私の文字を書く音だけが響く。こんなにいいこ達なんだ。
たっぷり時間をかけて黒板の真ん中に4つの漢字を記し、ふりがなもうつ。
「みなさん初めまして、みずなし、さくらこと言います。まだ先生になったばかりです。この学校のこと、みんなといろいろ学びたいと思っています。よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げる。
顔を上げると、拍手が。教室が温かい音で満たされる。心地よかった。
クラス全体を見渡す。生徒は35人。男の子17人、女の子18人。わんぱくな子はあまりいないということだったが、見たところ、元気そうなクラスだった。期待が膨らむ。そしてもうひとつ、この学校にはあの取り組みが行われていた。そう、裸足教育である。
つづく