「いってきまあす。」
「いってらっしゃい。応援するわ。気を付けてね。」
「うん。」
中学2年生のレナは、今日模試を受けるため、家からバスで30分の、私立高校に行くことになっていた。季節は秋。街路樹がようやく色づき始めた頃である。
バスを降り、高校の玄関へ向かう。何度かここで模試を受けたことはあり、勝手は分かっていた。シャツにセーター、リボンにブレザー、スカートに白いソックス、スニーカー。普通の女子中学生だ。受付を済ませ、靴を脱ぎ、上履きに履き替える。学校で履いているものを持って来ており、いわゆる便所スリッパである。色は青。
履いてきた靴を袋に入れ、スリッパにあしを通そうとしていると、玄関の端っこでもじもじと顔を赤くした、今にも泣きそうな小さな女の子が立っているのが見えた。中学1年生くらいだろうか、制服を来ているが、より幼く見える。世話好きのレナは、見過ごせるはずもなく、その子に近づき、話しかけた。いとこに小さな子はたくさんおり、接し方も分かっていた。
「あの…、どうしたの?」
身をかがめて相手の目を見て話す。その子は少し驚いたようだったが、小さな声で事情を話してくれた。
「あの、私、上履き、忘れちゃって…。裸足でこんなとこ歩くなんて、初めてで、ためらっちゃって…。」
なんだそんなことかと、ひと安心する。おとなしい子は、目立ったことは嫌いだ。レナも昔はそうだった。上履きは忘れたことはないが、一人だけ靴下で過ごすなんて、顔から火がでるほど、恥ずかしいことだろう。
「職員さんに、話したら?」
「聞いてみました…。でも、貸せないって。スリッパ…。」
こういうところでは、学校の備品は貸してくれない。もちろん、スリッパも。どうしようか。この子はこのままじゃ入れないだろう。かといって、今からどこかへスリッパを買いに行くには時間がない。こうなったら仕方ない。レナはひそかにため息をつく。
「じゃあ、私の、使って。格好は悪いけど…。」
女の子がはっと顔をあげ、またうつむく。
「でも、それじゃあ、あなたのが…。」
「いいのよ、私、2つ持ってるから。」
無論、持っているわけがない。こんな事態など、予想できるはずもない。
「ほんとですか?いいんですか?」
「ええ。はい。後で返してくれたら、いいから。使って。」
「ありがとうございます!ほんとうに。」
「さ、早く行きましょう。もうじき始まるわ。」
「はい!後で必ずお返しします。ここに来ればいいんですか?」
「ええ、そうしてもらうといいわ。」
「はい、わかりました。では、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げ、女の子は私のスリッパを履き、階段を上っていった。やってしまったと思った時には遅かった。レナは白い靴下だけで、とぼとぼと階段を3階まで進んだ。
つづく
「いってらっしゃい。応援するわ。気を付けてね。」
「うん。」
中学2年生のレナは、今日模試を受けるため、家からバスで30分の、私立高校に行くことになっていた。季節は秋。街路樹がようやく色づき始めた頃である。
バスを降り、高校の玄関へ向かう。何度かここで模試を受けたことはあり、勝手は分かっていた。シャツにセーター、リボンにブレザー、スカートに白いソックス、スニーカー。普通の女子中学生だ。受付を済ませ、靴を脱ぎ、上履きに履き替える。学校で履いているものを持って来ており、いわゆる便所スリッパである。色は青。
履いてきた靴を袋に入れ、スリッパにあしを通そうとしていると、玄関の端っこでもじもじと顔を赤くした、今にも泣きそうな小さな女の子が立っているのが見えた。中学1年生くらいだろうか、制服を来ているが、より幼く見える。世話好きのレナは、見過ごせるはずもなく、その子に近づき、話しかけた。いとこに小さな子はたくさんおり、接し方も分かっていた。
「あの…、どうしたの?」
身をかがめて相手の目を見て話す。その子は少し驚いたようだったが、小さな声で事情を話してくれた。
「あの、私、上履き、忘れちゃって…。裸足でこんなとこ歩くなんて、初めてで、ためらっちゃって…。」
なんだそんなことかと、ひと安心する。おとなしい子は、目立ったことは嫌いだ。レナも昔はそうだった。上履きは忘れたことはないが、一人だけ靴下で過ごすなんて、顔から火がでるほど、恥ずかしいことだろう。
「職員さんに、話したら?」
「聞いてみました…。でも、貸せないって。スリッパ…。」
こういうところでは、学校の備品は貸してくれない。もちろん、スリッパも。どうしようか。この子はこのままじゃ入れないだろう。かといって、今からどこかへスリッパを買いに行くには時間がない。こうなったら仕方ない。レナはひそかにため息をつく。
「じゃあ、私の、使って。格好は悪いけど…。」
女の子がはっと顔をあげ、またうつむく。
「でも、それじゃあ、あなたのが…。」
「いいのよ、私、2つ持ってるから。」
無論、持っているわけがない。こんな事態など、予想できるはずもない。
「ほんとですか?いいんですか?」
「ええ。はい。後で返してくれたら、いいから。使って。」
「ありがとうございます!ほんとうに。」
「さ、早く行きましょう。もうじき始まるわ。」
「はい!後で必ずお返しします。ここに来ればいいんですか?」
「ええ、そうしてもらうといいわ。」
「はい、わかりました。では、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げ、女の子は私のスリッパを履き、階段を上っていった。やってしまったと思った時には遅かった。レナは白い靴下だけで、とぼとぼと階段を3階まで進んだ。
つづく