あ!見えた!ほら、海やあ!
リオナが叫ぶ。学校を出て1時間、ようやく海についた。太平洋が眼前に広がる。アツシにとっても、海を見たのは久しぶりだった。
ほんとやなあ。きれいや。
アツシはガラでもなく、感動していた。うれしかった。海を見たからだけではない。こんなにきらきらしたリオナの顔を見るのは、久しぶりだ。もちろん、話したり遊んだりしていると、笑顔を見せてくれる。でも今日はそういった顔とは、どこか違って見えた。
自転車を止めて砂浜に立ち入る。海開きは済んでいるが、人はいない。元々小さな海岸だ。海水浴客も、シーズンになってもあまり来ず、海の家などもない。秘密の海岸だ。
リオナが砂浜を靴を履いたまま走り出す。少し黒っぽい乾いたさらさらの砂がまきあがる。辺りにはごみもなく、きれいに保たれていた。来てよかった。アツシは思った。
ほらあ、アツシもはよきい!水、冷たいでえ。
波打ち際に立つリオナが手招きする。アツシもスニーカーを履いた足を砂浜に入れる。リオナのもとにいくと、砂が靴のなかにたくさん入ってきて気持ち悪い。リオナはどうなんだろう。少し心配になる。リオナはしゃがんで、水に手をつけていた。きれいな、澄んだ水だった。リオナは波を追いかけ始めた。引いたら進み、また戻ってくる。子どものようにはしゃいでいた。かわいい。アツシは心引かれていた。何度も波を追いかけていると、いつかは追い付かれる。リオナはキャーと悲鳴をあげた。ルーズソックスがびしょびしょになっている。
あーん、やってしもうたわあ。つめたいなあ。靴を脱いで傾けると、中から海水が出てきた。もろに足を突っ込んだらしい。
大丈夫やあ?びしょびしょやないか、靴。
ううん、大丈夫やない。どないしよ。
両足の靴を脱ぎ、靴下で砂浜に立つリオナ。ソックスに砂がつく。
ちっと乾かしたらええんちゃうか?
うーん、どやろ。まあ、ええわ。このまま帰るわ。気持ちええし。裸足で歩いてるみたいやで。
リオナは靴を手に持ち、靴下のままでこちらへ歩いてきた。白いルーズソックスが、砂まみれで黒くなる。
ほな、あそこに座ろか。
うん。
2人で落ちていた丸太に腰かける。空には雲一つない。太陽が斜め上から照り付ける。じんわりと汗をかく。
2人で来たん、初めてやんな。海。
そうやなあ。いつも町んなかいっとったし。自然もええな。
いまごろあいつら、どうしてるやろか。

教室においてきた、クラスメイトのことだ。
どやろなあ。うらやましくって、泣いてたり。
リオナは笑った。海風が気持ちいい。いつのまにか遠くの空が赤くなり始めていた。今日が終わろうとしている。
なあ、いつまでもうちら、いっしょにおれるんやろか。
リオナが真っ直ぐにアツシを見上げてきく。靴下の足をぶらぶらさせている。
当たり前やろ。おれらはいつでも一緒やで。
リオナの頬が赤くなる。いきなり立ち上がると、海の方へ走り出す。靴は傍らに置いたまま。
アツシ!追いかけっこや!うちを捕まえて!
アツシは笑って立ち上がる。リオナは砂浜を真っ直ぐに走って行く。靴下の足裏は、砂で真っ黒になっていた。
まちやあ。アツシも駆け出す。靴と靴下は脱いでいた。

 陽はだんだんと落ち、空が赤く燃え出す。海岸には2人の声がいつまでも続いていた。

アツシとリオナの、青春。
おわり