「ああ、どうしよう…。」
ハルカは頭を抱え、ひたすらため息ばかりついていた。ここはバスの中。ハルカはその最後尾の、右側の座席に座っている。結露のついた窓からは、対向車線を走る車のヘッドライトがぼんやりと見えるだけである。後は真っ暗。既に時刻は夜の10時を回っていた。
 

 高校3年になるハルカは、家からバスで40分ほどの、ターミナル駅の近くの大手学習塾に学校帰りに通っていた。学校はターミナル駅から3駅目の目の前。自宅近くの交通手段はバスのみで、最寄りの駅はバスで40分のところにあるターミナル駅。郊外のニュータウンのなかの一軒家である。後10分ほどで、バスは自宅近くのバス停に到着する。そこから5分歩けばやっと帰宅だ。温かいご飯が待っている。季節は梅雨。今日も朝から雨が降っていたが、今は止んでいるようだ。白いシャツに紺のネクタイ、ベージュのセーター、赤と紺のチェックのスカートに白いソックスという格好のハルカ。

 しかし当然あるはずの靴を履いておらず、雨に濡れ、泥や埃で汚れた白いソックスが丸見えである。その足をちぢこめて、困り顔で恥ずかしそうに座っている。乗客はまだまだ多いが、立っている人はいない。ハルカの隣のおじいさんは、ぐっすり眠りについている。

 なぜこんなことになったのか、発端はターミナル駅のバス乗り場での出来事だった。

 8時に授業が終わり、塾を出てターミナル駅にハルカは向かう。雨はまだ本降りで、その時はあったローファーから出た靴下に、水しぶきがかかる。靴下はじっとり濡れてしまった。靴の中にも、ローファーに穴が空いているのか、水が入ってきて気持ち悪い。1年の冬から履き始めたもので、相当履き込んできたものだから、そうなるだろう。
 雨の影響もあり、金曜の夜とあって、駅前はたくさんの人で大にぎわい。人を押しのけ押しのけ、やっとで自分の乗るバスが来る乗り場へ着くと、長い列ができていた。大抵ハルカはこの時間に帰るのだが、こんなに混んでいるのは初めてだ。時間を気にしながらも、その列に並ぶ。いつもなら9時前には家に着くのだが、この状態ではいつになることやら…。ほぼ20分に1本ずつ到着するバス。最近はノンステップバスも増え、ほんの1年前は高い段差のあった古そうなバスに乗っていたが、近頃は見なくなった。代わりにノンステップバスばかり。新車のようで、乗り心地はすごくいい。揺れが少なく音が小さいのも、うれしい。車内で勉強に集中できる。2本のバスが満員で出発してさらに15分後、再びバスはやってきた。ハルカは列の先頭に立っていた。到着したのはいわゆるハイブリッドバス。屋根に大きな機械があり、大型のバスにしては環境に大変いいらしい。フロントデサインもなかなかカッコいい。真ん中のスライドドアが開き、乗り込もうと一歩踏み出すその時、後ろから一気に人がなだれ込む。ハルカはその波に飲まれるように車内に乗り込んだ。元々大分乗客はいたようで、空いた座席はなく、ハルカはドア付近の棒に捕まり、なんとかそのまま前の出口から出てしまうことは避けた。一回体験したのだ。
 バスは超満員で出発した。体が浮いているのではないかと思うほど、他の人が密着している。足が着いているのかどうかすらわからない。なんとか息をしながら、汗をかきかき乗っていた。冷房が効いていたのがよかった。
つづく