人はわたしを、まったく信じてくれません。幼い頃から、小、中、高、でも、わたしの家は貧乏でしたものだから、不出来なわたしは大学には入らずそのまま働いて、働く先でも全て、会う人会う人みんなわたしを微塵も信じてはくれません。ただただ人に逢いにいっても、何しに来たと言わん程の目でわたしを迎えます。
そんなもんだから、もう何処へも行きたくありません。スーパーに行く時も、夕暮頃には顔見知りが何人も何人もいますから、朝っぱら人が少ない時を選んでおります。誰にも、会いたくは無いのです。
十二月になり、そろそろコートの季節になりました。早速クローゼットから少々埃を被った、二年ほど前に親に買ってもらってお気に入りのトレンチコートを取り出し、出かける予定も無く袖を通し鏡を見てうれしい気持ちになるのです。わたしは冬は好きです。寒い冬は激しい雪で周りの目を伏せさせて、わたしに疑念の視線を向けさせませんから。これから時が経ち、冬春夏と、また暑い暑い陽射しがカンカンとスポットライトのようにわたしを照らし、またあの目がわたしを刺すと思うとたまりません。夏は暑いので白い服しか持っていませんから、夕闇にわたしの服の影が白く浮かんで、一際おそろしく目立つような気がして、死にたくなる心地がします。
わたしは今年二十四になりますが、それでもお嫁に行けないのはわたしの家が貧しいのもありますが、わたしの母はこのあたり近所で有名な地主の方が居て、その人に嫁ぎそうになっていたところがわたしの父と話が合ってしまって父の家に嫁ぎ、わたしを産み落としたそうで、そのわたしの目も鼻も口も輪郭も地主さんにも、またわたしの父にも似ていなかったから、どんどん立場を狭め、日陰者になっておりまして、そんな家庭の娘なので縁談なんてのは遠い話なのです。もっともこんなわたしの器量であれば、金持ちの家に産まれても縁遠いものでありましょうが。ですが、わたしはわたしの父も母も恨んじゃいません。わたしは父の実の娘だと心から信じております。父も母もとてもわたしを大事に大事にしてくれ、わたしも両親を労わっております。わたしが悲しい時は一緒に悲しんでくれ、わたしが嬉しい時は一緒に嬉しがってくれます。わたしは両親のためならどんな寂しいことや苦しいことにも耐えましょう。ですが想い人ができてからは少し、親孝行を怠ってしまいました。
恥ずかしい話ですが、想い人というのは、Mさんという人がいて、わたしより五つも下の高校生なのですが、遠出したところの眼科医の待合室で仲良くなったものです。わたしは、人をたった一目見ただけで好きになってしまう質の女でございますので、白い眼帯をして不快そうな顔で眉をひそめてじっと本を読んでる彼をこの世のものとは思えぬほどにとても美しく綺麗ではかないものだと感じられたのは、わたしの眼帯の魔法があったのかもしれません。
Mさんは孤児なのです。産まれた時から母親を亡くされ、また、十二歳の頃に父親を亡くされたので、姉ふたりは叔父の家へ、弟は独り東京の方へ発ち、天涯孤独となったMさんは、遠い遠い親戚の家に引き取られたそうで、高校に通わせてもらってはいますがそれでも気詰まりな鬱々とした日々を送っているらしく、わたしと一緒に外に出てる時だけが楽しいのだ、と仰いなさります。さきほど申し上げたよう眼科医に通っていらっしゃるため身の回りに不自由があるようで、ご学友に今年の夏海に行かないかと誘われて、それでも楽しそうな様子は一つも見えずありました。わたしにはどうにかできるものか、なにかないものか、と探していたとき、ある邪念がわたしのなかに浮かんだのです。
盗みを働きました。それに間違いはありません。あの夜、Mさんがわたしに海の件で弱音を吐いた日、なんとか力になろうと考えた私は服屋で男の海水着を一着、盗みました。服屋であれこれと女物の下着を見ているふりをして、ゆっくり、ゆっくりと手を忍ばせコートの袖の間に海水着をこそと入れ込み、直ぐに店を出ました。十歩、二十歩程歩いたら後ろからおい、おいと男の声が聞こえ、なんだと思って何食わぬ顔で振り向くと服屋にいた店員の顔がありまして、おい、泥棒!泥棒だ!と大きな声で言うもんですから吃驚してその場から離れようとしましたが、ぴしゃんと鳴り響く妙に低い、すこしざらつきのある店員の声がわたしの肩を撃ち、その場でよろけてしまい、ふっと振り向くとぱん!と大きな音を立ててわたしの頬はぶたれました。
直ぐにわたしは交番に連れていかれました。交番の道中、わたしを嘲ていた数多の人々の目がわたしを何度も何度も刺しました。二十四年の人生の中でいちばん辛く痛い経験でした。交番の窓口の向こう側、ドラマで見るような、白い壁一面に机一脚とと椅子が二脚、机の上には書類と照明スタンドが置かれた、十二月のくせに暖房の効いていない、肌寒い取調室に連れていかれ、四十代ぐらいの、小太りで顔がにきびだらけ髭だらけ、なんだか蛙のようで卑しそうなお巡りさんと対面しました。ひととおり私の名前と住所、職場、年齢とかを聞いて書類にカリカリと汚い字で書いたあと、急に呆れた顔をして
_何回目かね、これで。どうしてこんなことをしたんだね?
と言いました。わたしはその場から壁を突破ってでも直ぐに逃げたくなりました。なんといえばいいか、わたしには思い浮かびませんでした。まごまごしていては、牢に入れられる。重い罪を背負わされる。両親に迷惑をかけてしまう。ただでさえ日陰者であるのにもっともっと肩身が狭くなる。Mさんを失望させてしまう。なんとか、どうにかして巧く言い逃れねばとわたしは真っ白になった五里霧中の脳内を弁解の言葉を探すためにさまよい始めました。その途端、わたしは閃きました。閃いたというか、気が狂ってしまったのかもしれません。わたしはすぐにこう大きな声でおしゃべりを始めました。
_わたしを牢にいれてはいけません。わたしは確かに盗みを働きました。罪を犯してしまいました。ですが、わたしはこれっぽっちも悪くはないのです。わたしは、わたしはただMさんが、Mさんが恥をかくのを避けたかったのです。Mさんはご学友と夏に海に行く予定がありました。恥をかかせないようわたしが身準備をしてやってあげなければと思ったのです。人並の支度をさせて、海に行かせてやらねばと思った、その何が悪いんですか。Mさんは立派な人になるのです。恥なんかをかかせちゃいけない。わたしはその手伝いをしただけであります。だから罪なんかとんでもない、わたしを牢にいれてはならないのです。第一、わたしは二十四になりますが、この二十四年間わたしはずっと親孝行をしてました。弱い両親を、ずっと労わってきました。二十四もの間ずっとずっと努めに努めた末に、たった一夜の間違いで、たった数センチメートル手が動いただけでわたしの人生をめちゃくちゃにしなさるのですがお巡りさん、ねえ。ああ酷い、なんという酷い仕打ちでしょうか。あんまりです、あんまりです。一晩間違えちゃったからって、わたしはその一晩そうであっただけで明日からは普通のわたしのままでいます。海水着ひとつでお店になんの迷惑がかかりましょう。うん百万うん億もの金が動いたわけじゃありません、たった千円弱のもので店になんの迷惑がかかりましょう。お店にとっては売上のほんのほんの少しだけの損害になるだけで、あなたたちがそんなにわたしのしでかしたことを、いや、わたしの手伝いを悪として突いて騒ぎ立てなけりゃ、なんの変りもなく日々は過ぎていくはずでした。なのにあんたらが勝手にわたしを悪者扱いして騒ぎ立てるからこんな羽目になったんだ。こうやって盗みをはたらいた人は、弱い人たちなんです。家を追い出され、持ち金も底をついて食いつなぐこともできなくなって、追い詰められて追い詰められて、それで仕方なくちょっとしたもんを店から盗ろうとしただけでなんで人生を台無しにされなきゃならないのでしょう。ああ悲しい、ああ世の中はばかげております。ああわたしはなんてことを、これでMさんは喜んでくれるはずがないでしょうに、はは、あはは、ああなんだかおかしくなってきちゃったわ、あははははは、あはははははははは、おかしい、おかしい。なんておかしいのかしら。なんてこった、なんでこんなことになっちゃったのかしらねえ。
ひとしきり笑ったあと、わたしはわたしがおかしくなった事に気がつきました。でもそんなことはもうどうでもよかったのです。お巡りさんはわたしを蒼い顔をして呆然として見ていました。どうやらお巡りさんはわたしを精神病の患者だと勘違いしたようで、腫物を扱うように大事に病院に連れていき、手当を受けたあと、父が車で迎えに来てくれ、家に帰りました。帰る途中、家に着いたらいつ頭を殴られるか、いつ頬をぶたれるか心配でしたが、父はただ帰り途中、お巡りに変な事言われたり暴力は受けなかったか、とひとつ聞いて、わたしはそんなことはされていないと答えて、それきりでした。
その夕、家に届いた新聞を見て私は首を吊ってやろうかと思いました。なんと新聞にわたしの名前と顔が載ってあったのです。精神病患者の女、海水着盗難で交番で発狂、と見出しにかかれておりまして、わたしの顔は耳の端まで真っ赤に染まりました。恥ずかしいことはそれだけじゃあなく、わたしの家の周りをうろうろと人が覗いてきて、なんか変なことがあったのかと思っておりましたが、あれはわたしの家の様子を覗きに来ていたのです。わたしはあの晩の自分の所作がどんなことだったか冷静に思い出し、自分の罪をだんだんはっきりと認識しだして、そこに劇薬なんかがあればすぐにがぶと飲んでしまっていたでしょう。二、三週間のあいだわたしは部屋の布団に篭もりきりでした。
やがてMさんからメールが届きました。記事を見たのか騒ぎを知ったのかはわかりませんが、恐る恐るメールを開きました。
_Mです。ぼくは、貴方をこの世で、いや、この宇宙で一番信じている人間です。そして、貴方を愛しておりました。ただ一つ、あなたには常識が足りてない。貴方のそこを正すのがぼくの生まれた理由だと悟り、それに努めておりました。貴方は正直な女性ですが、常識においていくつか欠けたところがあるのです。ぼくは海水浴への準備は自分で行えますし、貴方ほど常識がないことはない。とても心苦しくはありますが、ぼくはもう貴方に会いたくありません。最近、常識と教養のある見た目も素敵な女性がぼくのことを愛してくれると仰いなさいます。どうか貴方にも幸せが訪れますよう、願っております。犯した罪を反省し、償い、これからの行いを慎むよう。罪を憎んで人を憎まず。このメールに返事はいりません。開封して読んだあとは直ぐに消してください。Mより。
これが手紙の全文でございます。わたしは、Mさんが賢い人だということを忘れておりました。
寒い冬が終わって春も過ぎ、夏が来てまいりました。去年より強く感ぜられる日差しは相変わらずわたしをスポットライトのように照らします。久しぶりに外に出ましたがやはり夏の外は嫌いでありましたので家に帰り、母が夕食の支度をしていましたので卓についてテレビを付け、父とニュース番組を流し込んでいました。当たり前ですが、もうわたしのニュースはあっておりません。街の中でもわたしの話題はもうだれも興味がなくなったようです。弱くなっていた電球を父が気が滅入る、これはいけないと四十ワットのものに取り替えてくれたので、部屋全体を、母が運んできてくれた食事を、わたしたち三人を、電球はまぶしく照らしました。母は箸を持ってああまぶしいわ、まぶしいわあと手で目をかざしながら佃煮を取り、父は酌を片手に番組を変えて、わたしは父に酌をしました。どんなに人が騒ぎ立ててわたしの家に見に来ようと、なんだ、わたしたち家族はこんなに輝いている、覗きたいならば覗けばいい、わたしたちはこんなに美しいのですと言わんばかりでした。りんりんと鳴いた庭の夏の虫の声にわたしの胸はよろこびで込み上げました。