日本には「棚からぼたもち」ということわざがある。これは偶発的にいいことが起きることを表している。たなぼたなんて略し方をされるくらい馴染みのある言葉だから皆さんも聞いたことがあるだろう。ぼくはこのたなぼたを必然で起こすことができる。それは棚ぼたではないのでは、という声が鼓膜を突き破るほどに聞こえてくるが、それは必然であることを認識していなければいいだけの話だ。よくわからないと感じる人が多い思うので、説明しよう。まずは自分の持ってる頻度としては3番目くらいに着るズボンとコートなどの衣類のポケットに100円を捻じ込むこれだけでいい。ここでポイントなのは1番手と2番手ではないということだ。1番手2番手の頻度では100円を捻じ込んだ事実を忘れる前に着衣してしまう可能性が高いからである。3番目以降で有ればこんなくだらないことに挑戦した事実さえ忘れて生活している間にポケットの100円に歓喜することができるだろう。ここでさらにポイントはこの100円を使わずに入れたままにしておくことだ。こうすることで次回も楽しめる。そう!一度着て100円に気づいたことで100円の価値、2度目も着て100円の価値着れば着るほど100円の価値が持続していくのである。常にあのコートには100円あるぞーという優越感に浸ってしまったらこの遊びは終わりだ。見つけた感覚がなくなりその感動のない100円は1円の価値もないからだ。ここで、千円や一万円ならより感動ができるのでは?という疑問を持った富裕層に一つだけ言っておく、千円や一万円と言ったお札はお金ではない!大金である。遊びに使うことなど言語道断である。そんなお前はこの記事を見てボクに千円や一万を入れることだ。はい。そうです。はい。お願い致します。