誕生日が 忘れられることが多くなった(唐突)
と同時に 友達の誕生日を覚えていても
「急に連絡送っても、(今度は私の誕生日祝ってね)の思ってもない圧を感じさせてしまわないか。」
「見返りは求めている訳では無いが、逆に忘れられた時のダメージ」
を考えると なかなか 言えない。
でも それでも 今年も無事、迎えたよ。という、、歌。
そんな中でも 覚えてくれている友達はいるわけで。
「素敵な1年になりますように」
と言われると 素敵な1年について考えることがある。
数年前には 素敵な人生なんかに
諦めをつけていて
そんな時に 素敵な1年 という
テンプレートが疎ましく疎ましく。
それでも乗り越えた後に
「素敵な1年になりますように」
という言葉に 秘めたるパワーを
感じるようになった。
海堂桜は 近所に咲いている野桜(多分、野)
素敵な1年とは程遠かった年は
その海堂桜が咲くまでに 果たしてもらいたい約束を
果たしてもらえなかったら
終わろうと思っていたことがある。
何月何日まで という節目をつけるのは怖かった
でも 海堂桜は咲いてしまった
咲かないで欲しかった
私も私の周りも何も変わらなかったのに
綺麗に咲いてしまった。
それでも 私は何も変わらないままだった
止まっていられないんだな
何かを果たすまでに 動けど動かずとも
時間は流れ続ける
そんなことを教えてくれた海堂桜
(歌の仮タイトルは海堂桜だったなぁ)
話がそれにそれた
自分の誕生日、
せめて自分は祝ってあげよう
という曲でした⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝⋆*
(間奏で ミクちゃんが ハッピーバースデー歌ってくれている、満足)
間奏の急に変わる感じは
かの有名曲、ハッピーバースデーの
フレーズをいじったもので
完成して改めて聴くと
納得→違和感→納得→違和感→納得→納得
の末(笑