「そして来年の夏に君が日本に戻ってきたら、デートだかなんだかをしよう。



動物園やら植物園やら水族館やらに行って、

それからできるだけ政治的に正しい、おいしい卵焼きを食べよう」


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政治的に正しい卵焼きなのかわからないけど、そもそも政治的に正しいっていうのは飽く迄も自分の決めるところのものだから、




つまるところ、これはきっと、絶対的に「政治的に正しい卵焼き」だったのです。




テリーさんのお兄さんが作ってる、有名なあれです。甘くてあったかくてほわほわ。昇天。






ロイテ早起き部、私の独断と偏見により、半ば無理やり結成。現在被害者モトイ部員若干名。
斯くなる上は、ここで初回を迎えざるを得ない。うん。

上まぶたと下まぶたが永続的有効条約を結ぼうとしているのをぐわっと裂き、目をかっぴらいて革命家が向かった先は。



築地。

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海鮮

\ どーん!/


叩き起こされた後輩ちゃんたちも喜んでくれてて世は満足じゃ。






最近、時間のNASAに驚愕してる。
宇宙に飛んでっちゃうくらい。ばびゅん。
寸暇を惜しんで思い出作りに余念が無いの。
もっと会いたい話したい、そんな相手がたくさんいる。しあわせ。
しかし夜はもうぎちぎちに予定をつめてる。そこで。朝に会えばいいじゃないかと。あんびりーばぶるなほどに単純な思考回路をお持ちのようです。こればかりは致し方ない。




でもね、楽しかった。
腹も心も満たされるよね。




思い出の共有っていったって、
夜景一つみても自分と相手では物理的に見る角度が違えば見え方も考え方も違うし、自分にとって夜景feat.素敵な男性であっても彼からすれば夜景feat.つまんない女であるかもしれないわけで、そもそもちょっと頭いたいとか鼻水とまらないとか生理中とか、そういったとるにたらないことで思い出の質は違ってきちゃうんだよ。そうなんだよなって考えると、少しさみしかったりするんだけど。いや、それがまた楽しかったりもするんだけど。だけど。

ぜえぜえ。





ものを食べるってことは、ある意味同じ事実を物理的に受け入れるってことだから。
そこからうまれる感情はすっこーん!とおいといて、の話だけど。


いま目の前にいる相手の口の中でもこの味がしてるんだな、ってだけで得られる安心感と違和感がある。

食べ物と同じ距離で匂いをかいで、口に運んで破壊する。その曖昧なシンクロ率を楽しむ。

ああ、酢飯が口の中にいる。まぐろのテリテリが、うにのぷちぷちが。にしてもワサビ醤油、ワサビ濃すぎだろ。茶、茶が飲みたい、茶…あ。あの子も飲んでる。

そこで私は嬉しくなる。
たちどまって、嬉しくなる。




せめてもの救いとしてすがりたい、思い出の中の数少ない共通項。
飽く迄も物理的にね。


味の感じ方とか
おいしいと感じるかマズイと感じるかは、別問題なんだけど。





それでいうとあとは痛みとか寒さとかかな。




誰か極寒の禅寺で座禅体験しませんか。
なんてね。
バイトがんばろ。

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ぺろり。



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