このブログというのか、放送内容の記事の更新が終わるときが来ました。
放送主がコミュをBANしたため、当初ブログの説明欄で一時期載せていた通り「コミュがBANされたらこのブログも終わります。」と、あらかじめ決めていたことを守ろうと思います。
ここからは私個人の考えを含むような箇所もあるかもしれませんのでご了承ください。
最後の放送と思われる「夕食を作る」という動画になったものを見ました。
私だけではなく、アカウントがBANになったたくさんの人たち
やり返しに多くの副アカウントを作り放送時間に一般の人であれば身震いするような内容のコメントを途絶えることなく連投する人
私のように埋もれてしまう放送内容を発信する人や広める人
たしかにようやく報われたという事実に結果的には収まりました。しかし、最後まで放送主は「人のせい」でした。人のせいにして放送をやめることを決めたのです。私は、あの場であってもアンチに対して未練を訴えている必死な姿に恐ろしい感情がわきました。
やめる理由も本人の事情(特定が進むと市役所に通報され生活保護の支給が止まってしまうというものが主たるもの。)が裏にあるのですが、形を変えて活動することはありえると思っています。
なぜなら「夕食を作る」からの放送内容からでは、急に一気に生き方を変えることができるとは思えないからです。
ここまでなぜ続けれられたのか?そこには止めてくれる人や促す人がいないことが関係してると私は考えています。一番身近な親や親戚に圧が向けられることがないので、変われるだけの状況(放送器具を手放すなど)が整っていないのです。
放送主は、今日も明日も明後日も洗濯機もお風呂も入らない不潔な状態、カビまみれのカードの山、そしてカメラなどの放送器具と対峙することになります。正社員ではない彼は、当然時間の使い方に困ります。配信に大半を費やした人が何で空いた時間を埋め合わせていくのか?また身近にあるものにすがってしまうのではないのかと、とても懸念しています。
ポケモンレート 3月29日 3/4 ”自分の首かき切れ”などの暴言を言う放送
にもあるとおり、ひとつの夢が終わった人が次に生きがいを見つけて生きていくことが放送主にできるのだろうか?
また、これは放送を続けてほしいと願って書いているものではないです。主観ですが、放送を見ている人の構成は
70%:本当にやめてほしいと思っているアンチ
25%:その放送を見ている時間が少し心地いいと思っている人
5%:その他
です。
25%は「引退しろ」というアンケートに「しないでほしい」と回答します。ですが、それはイジられている子を見て笑っている間接的に加害者のような人たちです。
仮に、本当に純粋に見ていたいんだとしたら、どうしてアンチの溜り場でしかないニコニコで放送することを止めないのでしょうか?ツイキャス等にでも移ればいいと思うのですが。別に魅力があるからだとかで見ているのではありません。含みがありますが、そうした理由で放送を続けてほしかったんだと考えています。
最後に放送などで有名になってみようと思っている人たちに向けて最低限のことを書きます。
このブログの目的は彼のような放送主をこれ以上増やしたくないと思ったのでブログを立ち上げました。彼のように最後はつぶされます。
・ナマポを隠して放送は必ずバレます。正社員などとは生活が異なるので、放送で無理が利いてしまうのです(何時間でもできる。朝でも昼でも放送をする。)。放送主は昼に放送することを好んでいました。「だって誰も放送する人がいないから独占できる。」と。
・リスナーのせいにして責任転嫁をしているとリスナーに仕返しされます。
以上2つです。
もう更新することはないとは思いますが(放送主に多くのアンチがいることは揺るがないので)、しなければならないことが出てきた場合、またします。では。