第二子を妊娠中の今、私は実の父親との絶縁を考えています。


まずは、少し前の安産祈願の日。


父を誘いましたが、父は祈祷料を気にする素振りもなければ、ランチ代を出す気も一切なし。私たちが支払うのを当然という態度で、平気な顔をして帰っていきました。


これまで何度も違和感を感じてきましたが、七五三の日の「あの出来事」で、完全に心が折れました。


七五三のスタジオ撮影も終わり、お昼ご飯を食べに行きました。

旦那が父にメニューを渡すと、父は当然のような顔で一人5,000円もする一番高いランチコースを注文。

娘夫婦に奢らせることを1ミリも悪いと思わない、完全な「主賓気取り」の態度でした。


昨年の姉の子の七五三でも、父はお祝いも持たず「手ぶら」で参加し、ただ食事だけして帰ったそうです。


さらに呆れたのは、食事を終えてスタジオ撮影の話になった時のこと。

姉のときは神社にカメラマンを呼んで撮影したと言っていたので、「カメラマンの出張撮影はいくらくらいかかったんだろうね?」と、

父が少しでも七五三代を負担したか気になったので聞いてみると、

「わからない」と即答。


しかもそもそも撮影したかどうか、わからないとか言い出してきて頭大丈夫??というような、しどろもどろな受け答え。

ここで怪しいとは思っていました。


そもそも会ってから孫に「おめでとう」の言葉も一言もなく、別れ際まであまりに何もしない父にしびれを切らし、

私が「今日の撮影代は約10万円ほどかかっているんだけど、お父さんも写真に写ってるし、うちの子もじいじが撮影代出してくれたと言ったら喜ぶと思うんだ。半額でなくても気持ちだけでも負担してほしいな。」と促すと、

父は渋々といった様子で財布を開きました。


そして、財布の中を覗き込み、そこに入っていた一万円札だけをこれ見よがしに抜き取って、そのまま万札を私に差し出したんです。

「今、財布にはこれだけ(一万円)しかないから」

そう言い放った父。


七五三のスタジオ撮影が、一万円で収まるはずがないことくらい、大人なら分かるはずです。


そもそも、自分のランチ代だけで5,000円かかっているのに。


残りの数万円を支払うのは、当然のように私。

それなのに「一万円も出してやった」と言わんばかりの、あの尊大な態度。


さすがに「えっ?」と驚いた反応をすると、

「次いつ会えるかわからないだろ!」と啖呵を切る始末。

後日振込みとかきちんと祝儀袋に包んで改めて送るとかすらも気持ちがない?


お祝いを包むでもなく、足りない実費を「今持ってるある分だけ」で済ませようとするその姿に、私は怒りを通り越して、悲しさと虚しさで震えました。

しかも言われたから渋々出してやるよという厚かまし過ぎる態度…。


後で聞けば、数年前の姉の子の時も、父はお祝いも持たず「手ぶら」で参加。もちろんタダ飯。

しかも姉の旦那さんの家族も同席していたそう。


私が一万円の件で食い下がると、父はこう言い切りました。

「お姉ちゃんの時もお祝い何も出してないから、お前にも(一万円以上)出さないのが筋だ」

姉の時も不義理をしたから、私にも不義理をするのが「筋」だという、異常な謎の搾取の理論。


安産祈願の日も、この七五三の日も、この人にとっては娘や孫の行事ではなく、単なる「自分がもてなされて当然の贅沢なタダ飯」のチャンスでしかなかったんです。



一方で、遠方に住む義理の父は、安産祈願や七五三の報告をしただけで私と子どもの好きな果物とお祝いのお金をすぐに送ってくれました。実の父からは、新年の挨拶LINE一つありません。


母が生きていれば…。


お母さんがいないというだけで、こんなに実の家族から蔑ろにされ、「これしかない」と一万円を突きつけられるような惨めな思いをするなんて。

そして義理の父との落差に恥ずかしい思いでいっぱいです。



うちの実家は父だけでなく、姉も無関心で、私の第二子出産について気遣う言葉すらありません。思いやりもない家族です。


周囲は父のことを奥さんに先立たれた可哀想な初老の男というレッテルだけ見て

「お父さんも寂しいのかもよ」なんて言って、

「娘がお母さんのように手をかけてかまってあげろ」なんて圧をかけてきますが、息子だったら言いませんよね?

何も知らないから言えることです。


妊婦に5,000円のランチを奢らせ、一万円で恩着せがましく振る舞うジジイを、どうして思いやれるでしょうか?


今回の出産予定日は、父には教えません。

産後数ヶ月も、絶対に会いません。

世田谷区の産後ケアや、プロのサービスを頼ります。

「実家」という機能しない場所に期待するのは、もうやめます。


私は、私を大切にしてくれる友人や周りの人たちと、これから生まれてくる新しい命を、全力で守り抜きます。