愛しい≠憎しみ=無関心






愛の反対は無関心。

憎しみなんかじゃない。






関心がなくなったときほど悲しいことはない




これからもずっと。










好きになれそうなひとを探しては面影を追いかけて

曲を聞いては思いだして

結局、越えるひとはいなくて



また誰かに寄り掛かる。




なんでだろうな


弱いな、すべてにおいて





死んじゃえばいいこんな奴。







わかってるよ


特別なんかじゃないってこと




でも




少なくとも、



他の子とは違ってたことも。



だから、



大事に大事に扱ってきたつもりだったのに














離れていくなら近づかないで。









もう、傷つきたくなんてなかったのに、












あたしは

まだまだ子供だから

相手にされたいの。



もう、ちょっと

ちょっぴりでいいから

大人になりたいなあ。




確かに過去は気になるけど

わたしが大事なのは”いま”

大抵の原因はわたしで

”いま”をよくしたいから

過去に囚われる



いつだったか

”過去の彼を知ってるほうがいい”

って言われたけど

過去は過去であってもう戻らない。


わからないのかな


生きてるのは”いま”だってこと

生きてたのは”過去”だってこと。





なんか、好きでいることが「クセ」になってるんだって


興味深いね。


もうなんとも思ってないのに「クセ」でいまでも好きでいるい気持ちになってしまうらしい

だから、どんなにひどいことをされても、どんなに意地悪なことをされても、その時の優しさとか共有した時間を自身の中で「美化」してしまうんだって


図星すぎて、見抜かれすぎてて、逆にドキッとした。



いやなところも、いいとろこも、そういうすべてを好きで好きで仕方なかったわけじゃなく、単なる「クセ」だったのかと思うと、バカらしくなった


履き違いてた。


「クセ」で、今でもドキドキするし
「クセ」で、魔力は未だに解けないし
「クセ」で、1日悩んだり
「クセ」で、思いだしたり。


でも、確かに「クセ」に囚われないで好きだった自分は「そこ」にあるから、それだけは信じたいな。

いつも、傍観者みたいに過去のことを思い出すのも

だれかの記憶を読んでるみたいだったのも

へんにこだわってたのも


全部、






そのせいだったのかな。




最近は「いま」がすごく大事。

「みらい」「かこ」

じゃなくて



「いま」が大事。