今はただただ闘ってる。孤独と寂しさと辛さとを。でもそれは自分がしてきた事の償いだと思って、何とか自分を保っている。ただただ保つ事だけを考えて、壊れない様に壊れない様に何とか生きてる感じ。朝目が覚めると、隣には誰も居なくて、雨の音や風の音や小さく鳴ってる部屋のテレビの溢れる音を聴いて、独りぼーっと寝転がって小さな豆球を、眺めているだけ…。時々Tが居た部屋を見ながら、またぼーっと寝転がってる。見えかくれするTの残像が、うつらうつらしてる自分の眼から消え隠れする。何だか忘れなければならない現実と、忘れたくない幻の狭間を行ったり来たりしている、意識の中でも、やっぱり寂しさを噛みしめて、耐えながら寝転がってるんだ。こう言う文章を良くノートに書いてた頃は、Tが馬鹿にして「哲学ーー」って…。別に哲学なんかじゃないんだけどな…。中原中也とかは少しだけ知ってるけど、夏目漱石とか芥川なんちゃらとか、ドストエフスキーとか名前しか知らないから。中原中也は20代で亡くなったから知ってるだけで。でも拘置所の官本?って言うのかな?それで読んだ小説で、「命売ります」だか「魂売ります」だかあったけど、著者を見たら、たまたま三島由紀夫だったとかはあったけど。後はそんなに哲学とかには興味はない。本で読んだりするのはほとんどが料理本が多いよ。ただ昔は食べ物に依存していたからだと思うけど。でも今でも時々はノート等に書いてるかな?昔は色んなオファーとか来てたけど、もうほとんど滅多に書かなくなった…。もうあの頃の自分じゃないから。あの頃の自分はもう死んだ、もう居ない。自発呼吸出来なくなった時に死んでしまってる。過去だよね過去。過去なんか想い出なんか要らない。想い出なんか作りたくないって、ずっと思ってるのに、想い出が創り上げられて行く。それに恐怖をも今は覚えるよ。くだらない恐怖をね。くだらないケチっぽい現実は、もう懲り懲りなんだよな。想い出なんかクソくらえ!だよ。本当に…。でも現実は毎朝、朝から晩までやってくる。クソッ……。