小さい頃から色々おもしろ珍しい経験をしてきた。
ちゃんと記録に残せばいいのに、日記はここ何年も誕生日に一回書くだけ。「今年こそは日記を書こう」って書いた次のページはすでに次の歳の誕生日で、日々罪悪感が積もるばかり。
夏休みが来ると自動的に時間ができてしまって、始めない理由がない・・・っていうか、手動でやる気を起こしてス タートしてみようと思う。前向きに前向きに。
自己満足で好きな事を好きな風に書こう。(ここ7年間ろくに日本語で文章書いてないので、ここで怠けず書き続けると日本語の練習にもなるかな。)
そのうちここで、いろんな人と留学の体験談や旅の情報交換、音楽に底知れぬ情熱を感じている人たちとマニア な話ができるようになるといいな。
音楽の哲学とか、心理学とか。曲や作曲家の裏話。(それに、どのcleaning paperがどうとうか、リードの薄さが何点何々ミリとか。なんでフレンチホルン奏者はどう楽器を回したらつばが出てくるのかわかるのか、とか。)
とりあえず、自己紹介。
都会生まれで田舎育ち。都会嫌いの田舎もんです。たまに楽しみで都会を訪れるのはすごく楽しいけど、住むのにはきれいな空気と山に囲まれてないとやってられません。
(田んぼの中の我が家)
どの国に行ってもその国の一番濃いところ、宝は田舎にこそあると思う。
胸を張って長野のかっこいいズーズー弁をしゃべれるようになりたいのに、留学してばっかでなかなかうまくなれません。うまくなれねーずら。(使い方合ってるかな・・・)
とにかく音楽好きです。っていうか好きとか嫌いとかそういう次元じゃなくて、ほんと音楽なしじゃ生きられない。
小さい頃からピアノやってたけど、自分がこんなに音楽にのめり込むとは思ってもなかった。
演奏だけじゃなくて、あらゆるジャンルで生でも録音でも聞くの大好き。常に頭には何か音楽が流れてて、夢にもサントラがある始末(今は教習所の教習ビデオのイラつく曲を頭から消すために三味線音楽とかマイルズをバンバンかけてまっす。)
でもそんな事言いながら今は結構日々のフルート練習サボって、代わりに最近はまった太鼓で手にマメ作ってたり・・・。まあ何かしら音楽に対する意欲はいつもある。
小学2年から6年までピアノは習ったけど、先生が変わったとたん指使いとか曲選びとかうるさくなって、やめた。しばらく音楽から離れてたけど、生や録音のいい音楽に囲まれていたせいか高校で吹奏楽部へ。
父は今でも自分の聞かせてた音楽が1番いい音楽の影響だったから私が音楽に進んだって言ってるけど、毎日ビートルズとかDire Straits でダンスパーティーしてたらそりゃあまあ嫌でもノリノリになるでしょ。
父の持ってたCD の中でたまにかかった物にJethro Tull があって、だから始めて耳に残ったフルートはIan Anderson かな。味を占めた音楽が年代が全然違うこんなんだから、学校で音楽の趣味の話できる友達も本当に少なかったな。
で、とにかくそこ(吹奏楽部)でフルートに出会った。フルートを選んだ理由は、持ち運びやすいからと、ただ単にその音に惚れたから。けっこうレベル高くてめちゃくちゃ厳しい吹奏楽部だったけど、本当にいい経験をさせてもらった。指揮もやったしマーチングもやった。これがなかったら今の私はない。
でも勉強はつまらなかった。はっきり言って毎日部活のために学校行ってた様なもんだと思う。どうしても暗記や他人の解釈を読むだけの勉強が楽しくなかった。
すでにインドのインターナショナルスクールに留学していた姉からあっちの授業の話を聞くと、やきもきした。
勉強は楽しいはずだし、将来これじゃあこまるぞ、と思った。だって暗記では何もちゃんと理解できない 。覚える事は、理解する事と違う。情報は理解して始めて利用価値があるし、もっと将来役に立つ勉強がしたかった。
何でかしらないけど、小さい頃から将来自分はどでかい事をしてやると決めていた。だから親に与えられたチャンスをつかんで、高校2年の夏、インドへ。
魔力の様な魅力で私を虜にした、摩訶不思議で賑やかで色とりどりで辛くてごちゃごちゃで最高の国・・・インド!
インドでの体験を語りだすと本当に先が長くなるのが分っててすでに書くの挫折しそうだから、それはまた今度じっくり。
でもとにかくインドはすごい。ここでインドの話をいっぱいしていく予定だけど、それはもっとたくさんの人にインドを知ってもらいたいから。インドに留学っていうすばらしい選択肢もあるんだっていう事を伝えたいから。それだけ自分はインドにぞっこん惚れました。
インドの国際学校で3年間濃い経験と勉強をし、卒業後極寒の地カナダへ。
何でカナダかっていうと、カナダ国籍があるとカナダで学費が安くなるから。そうじゃないと国際料金でカナダ人生徒の2倍ちょっとするもんね。最初は高校から音楽始めただけで、将来音楽やるなんて無謀だと思った。インドでもフルートの個人レッスン受けてたわけじゃないし、自分にそんな可能性があるなんて到底思わなかった。
でもそこで出会ったすばらしい音楽の先生たちが、自分が持っていたとも知らなかった力を引き出してくれた。あきらめかけていた音楽に対する情熱にまた火をつけて、自信をつけさせてくれた。
そんな人たちの刺激や、本当にラッキーな事に親の応援もあって、カナダの大学へ。
音楽教育を専攻して、4年間がやっと終わり、こうしてやっと暖かくなってきた長野に戻ってきた。インドもそうだったけど、カナダでも色々運命的な出会いがあった。
1人はフルートの先生。彼女の事は、本当にうまく言葉に表せない。どれだけ私の人生に影響を与えて、尊敬する人か・・・。パフォーマーをして音楽に全てをかけていて、先生として音楽への情熱を伝染病のように振りまいていて、友達としていつもそこにいてくれる最高の人と4年間。
週に一回のレッスンは私の1番の楽しみで、本当にいつも刺激されていた。私が勝手に決めた自分にとって最高にミュージュシャンの定義は、私をもの凄く嫉妬させる人。
ただ演奏するだけで、私に「チックショー!!!どうやったらああなれるんだ!」と思わせる人。
フルート奏者に限らずそういう人はいままで何人もいたけど、私のフルートの先生には本当に闘争心を駆り立てられた。(もちろんいい意味で!)とにかく彼女に会うたび・聞くたび・話すたび、うまくなりたいと思わされた。本当にいろいろ話した。音楽でも人生でも尊敬する先輩。
プロのパフォーマーとしてではなく、自分なりに音楽をやっていこうと決心が付いたのも彼女のおかげ。
というのも将来の事について迷っているとき、しょっちゅう音に迷いが出た。先生はよくそれに気づいてレッスンを中断して親身に話をしてくれた。
音楽以外のことに気をとられて生きたくなかったけど、自分にこの時代に音楽一本で生きていく程の才能がない事も分っていた。
大学2年のときからフルートの個人レッスンを中学生や高校生に好んで教えていたし、学校のバンドの指揮や、子供たちを教えるのも本当に好きだった。
でも演奏家をあきらめるために先生という仕事を口実に選んだ気がして、自分が嫌で仕方がなかった。
どれだけ無理そうな夢でも、やれる所までやらないで演奏家を諦めて、将来後悔するとどこかで自分が言っていた。 でもそこに踏み込む自信がない。
だからといってそんな中途半端な気持ちで先生という大事な大事な職業を汚したくなかった。
自分を信じて導いてくれた先生たちの気持ちを次の世代にも先生として繋いで生きたい、自分にしてもらった事をまだその機会が巡って来ていない子供たちにしてあげたい、とも思った。
卒業リサイタル間近のあるレッスンで、ほとんど先生の助けなしで練習したジャズ系の現代音楽を先生の前で吹いた。本当に自分の解釈を信じて吹くしかないような曲だったから先生に何を言われるかとドキドキした。
ジーっと座ってた先生はゆっくり口を開いて、あなたの先生として誇り高く思うと、今まで以上に褒めてくれた。
そして先生はこう言った。
「幸。この時代、音楽では食べていけない。
ミュージシャンはあふれるほどいるのに仕事が全然足りないの。私は嫌をいうほどすばらしい音楽家たちが仕事がなくて行き場をなくし、結局音楽をあきらめなくちゃいけないのを見てきた。だから私はプロ奏者になるのは相当な場合じゃないと薦めない。
音楽を続けてほしいからこそ、音楽を辞めなくてすむ道に進んでほしい。そういう道はいくらでもある。本当にやりたかったらプロのオーケストラ奏者目指せばいいし、止めない。でもあなたのミュージシャンとしてのタレントはそこにはないと思う。正直プロオケ奏者は向いてないと思う。
バッハやモーツアルトをうまくふける人は世界にいくらでもいる。でも今みたいにこういう現代の曲をあなたの様に表現できる人は少ない。あなたのミュージシャンとしての天性の素質は、音楽に対する情熱から納得の行くまで考えて、理解しようとして、自分なりの解釈して人を動かす新鮮な音楽を作ることだと思う。だから個人個人のユニークな解釈がとても重要な現代音楽のようなジャンルで成功すると思う。
性格的に先生としても成功すると思うし、先生になる事でミュージシャンとして活動できなくなる訳では全然ない。私を見て?とてもいそがしいけど両方やって充実してる。」
ズバッと言ってくれた。本当に今までなんでも正直に話してきた仲なので、「ああ、本当に私のことを思って言ってくれたことなんだ。」とすぐ思った。
少々人間不信な私でも、数人凄く信じている人がいて、彼女はその一人だ。彼女の言ったことに全て流されて将来を決めたわけじゃない。他にも色々な人との出会いや、体験の影響があってたどり着いた決心。
というか、時間がたつたびに、自分でもいろいろ納得する様になってきた。プロになると、欲しい仕事にはオーディションが付いて来る。ただ数分の音楽を基準に誰がより良いミュージシャンか決める。しかも自分の基準じゃなくて他人の。
オケの質とレベルがそれで保たれているのは分っているけど、一生他人に人生でやりたい事をやれるかどうか審査されながら生きるのは嫌だなあと思いだした。
私は自分の好きなように好きな音楽を好きなときに好きなところで好きな観客のために吹きたい。それでいい。
今の自分のレベルだと一生練習室にこもって練習しまくっても、夢の席に座れる可能性は幼稚園のときからそれを目指してる人に比べれば、本当に夢のような話。
喋るの大好き友達大好きの自分に、たくさんの人間と色々な形でかかわるのではなく、自分との戦いで一生生きるのは耐えられないだろうと思う。 いつ3日坊主になるかも分かったもんじゃない。
それだったらとりあえず先生もあこがれている職業だし、手に職をつけよう。別に将来の夢1度決めたら変えられないわけじゃないし、その場その場で自分が1番やりたい事を自分の気持ちに嘘をつかずやって行きたいと思う。作曲、フルート、先生、旅、料理、いろいろ一生懸命やっていく次第でございますだ。
というわけで今年の9月から生徒生活最後の年が始まります。(本当にそうだといいけど)
カナダにもう1年、教員大学へ。そこで教育実習などやって、晴れて卒業できれば教員免許をもらえるというわけ。そしたらもう極寒の地はすぐに飛び出てどっか暖かい所へ、就職活動。(一回住めば分るけど、長野県民でもなめられない寒さです。就職活動で気候を重要視する。それほど寒かった・・・。)
世界全部が対称なのでこの景気の悪さにあまり影響されないといいのですが。国際学校をターゲットに音楽の先生をしながら旅をする、そんな一石二鳥な人生をスタートしたいです。(随分楽観的。)南米なんていいなあ・・・。
現地の音楽を片っ端から勉強して、色んなミュージシャンと音楽やりやいなあ。
っていうかこんな余裕ぶっこいてて仕事見つからないとやばいので本格的に頑張ります。
音楽の事中心に自分の人生語ってしまったけど、まあとにかくこんな感じかな。
今は江戸勝でバイトしながら長野の夏を満喫中。
母の家庭料理と愛猫ミリチャのぶよぶよっ腹に感動する毎日です。
さてさて・・・
ちゃんとマメに更新するように頑張ります。どうぞよろしく