生演奏を聴きにコンサートに行くとき、お客さんにとって何が目的だろうか?



家族や友達の晴れ舞台を見に。勉強をしに。暇つぶしに。芸術に浸りに。癒されに。刺激をされに。


まあ人それぞれ色々あるだろうと思う。この大学4年間、フルートの先生の元で学んだ事でやっと本当に「理解」し始めた事がたくさんある。その1つに、音楽って物と、人間って物の関係って言うか、目的って言うか、観客としても演奏者としても深く考えるようになった事がある。ジャンル関係なく。


演奏本番前。どれだけ練習してきても、やっぱり自信がなくて間違いが怖くなるときがある。「緊張して全力が出なかったらどうしよう。」とか、「せっかくこれだけ練習したのに、本番で結局台無しにするかも。」とか自分に対してしてもしょうがない心配やプレッシャーをかけてしまう。卒業前最後の卒業リサイタル当日。7時半に始まるのに1時ごろから4時ごろまでどうしても練習室から出てこれなくなった。どうしても毎回完璧に吹けない難しいところが1曲目にあって、どーしても本番に吹けるようにしたかった。突然ドアが開いて、凄い剣幕で先生が立っていた。そのとき言われた事が、(たくさんお説教いただきましたが、その一部!)


「今こんな風に練習しても本番吹けないよ。逆に失敗する。」 (はい。その通り。言葉の通りになりました。早くてパニクった練習は全然全くもって役に立ちません。身にしみて学びましたです。)



「観客は音楽を聴くために来るんじゃない。感じるために来るの。」 


「あなたがどれだけ間違いを気にしてるとか猛練習したとか、彼らは全く興味も関係もない。音楽をやる上で大切なのはあなた自身じゃなくて、音楽。あなたが作った音楽が意味のあるものである事が大事。」


という事だった。

観客は意識して、「あ、今間違った。」とか、いろいろ分析しているわけではない。(まあ中にはしてる人もいるけど!)間違いを聴いたとしても、それに根を持ってこだわるのじゃなく、もっと先が気になるような演奏が続ければ、間違いなんて本当にどうった事なくなる。


どっちにしろ、大抵演奏者が「うがああああ!まちがっちゃったっっ!!!最悪だ!もう終わりだ!」と心の中で大ショックを受けてる間違いは、普通の観客には本当に分からない物。もし疑うのなら、演奏後、音楽家ではないランダムな観客に「あそこのあの間違い、やばかった?」と聞いてみれば、大抵は「え・・・?間違ったの?」と言うはず。(もちろん「げ。間違った。」って顔したり、笑っちゃったりしなければね!良くある事です。そうしなければばれなかったのにねー、って。)


とにかく。大事なのは心。今自分が作っている音楽に、全身全霊つぎ込んで正に「一魂一音」で最高に楽しむ事。そして自分らしく。演奏中に音楽に対する愛がにじみ出てれば、観客の「音楽を感じる」事に対する欲求は自然と満たされるんだと思う。


たまに盛り上がって、熱が入りすぎて、クラッシックでも演奏中音が割れたりする事があるけど、そんなの聞くたびに自分は鳥肌が立ちます。もちろん割れればいいってもんじゃないけど、「完璧」なんて物ないし、リスクを背負って情熱注ぎ込む人間って音楽家でも芸術家でも建築家でもサラリーマンでもなんでも、もんのすんごいかっこいいと思う。


今の音楽界は録音の「完璧さ」に惑わされて、ハイテクに頼る修正とやり直しの利く技術に振り回されてると思う。それはそれで今の時代らしくて面白いけど、でも音楽を聴く真の目的は、感じる事だということを忘れずにいたいと思う。人間は何かしら心を動かされるチャンスを待っていて、音楽家はそれを提供する危ない橋の渡り屋でいれたらな、と思う。間違いを恐れる世の中で、思いっきり自分の心のしたいがままにできる、子供の様な無邪気で新鮮な存在でいれたらな、と思う。


・・・・。っていうか完璧な音楽なんて目指してたら終わりが来るんじゃね?可能性が無限だからこそ、音楽はおもしろいんだよねえ・・・!


だって音楽は見えないし。触れないし。食べれないし。嗅げないし。(まあ臭いや匂いのする曲もあるけど・・・)


だからこそすばらしい。だからこそ、スリル満点。


だから本当に心から音楽を伝えたかったら、お金の事とか将来の心配とか間違いの後悔とかドレスが落ちそうとか(マジの話。これ、すごい気が散ります。)、そういうこと考えないで、一心不乱に奏でようじゃないですか。その時にしかできない演奏。自分の大好きな大好きな音楽を、その場にいる人と共用できる幸せを思いっきり味わえば、それでいいじゃないか。


そう思って最後のリサイタルを迎えられたのも先生のおかげなんですけどね。でも本当におかげで良い演奏会にできました。そして良い勉強になりましたとさ。




支離滅裂に熱っぽく偉そうに語っちゃいましたが、淡々とジーパンたたみながら自問自答してた事、書いてみました。これに対する意見があったら聞いてみたいなあ・・・なんて。みんなはどう思うのかなあ。よかったらコメントしてください。


めでたし

めでたし

旅。   


しかも貧乏バックパックの。お金かけるとスリルがなくてつまらないし、素朴な旅をするからこそ味わえる現地の良さがある。父の教えです。でも姉とそういう旅行すると半端ない・・・・。本当にサバイバルな事になります。



料理。


食べるのも作るのも好き。特に甘い物。いろんなインドカレーに挑戦するのも魔女みたいで楽しい。スパイスたちに囲まれてぐつぐつまぜまぜ・・・。留学先でどうしても日本料理が食べたくなった時、現地の物でいかに近い物が作れるか実験するのも楽しい。カナダでは友達を呼んで太巻きを作って、おまけにロシアンルーレット+ワサビ巻きで日本文化を伝えました。



さんぽ。


どこに行っても自然が足りないと自然と足が緑のほうへ・・・。もんもんと考え事しながらきれいな田舎を歩いてると、自分が馬鹿馬鹿しくなる。



耳掃除。


なんでかちっちゃい頃から大好きで、母のひざに頭をおいて掃除をしてもらうときが本当にめちゃくちゃ至福の時だった。母のエプロンの匂いとあまりにも気持ちいい耳の中・・・。今ねだると「そんなん自分でやんなさい」と冷たく言われます。嗚呼・・・耳掃除ファンタジー・・・。



動物。

いつも我が家には人間とそれ以外の動物がわいわい、ぎゃーぎゃー。一時期は大人2人、子供4人、猫4匹、犬3匹が1つ屋根の下で動物園状態だった。母はその中の誰かを怒鳴りたくてもよく子供・犬・猫の名前がごちゃごちゃになって、叱る方に笑われてました。兄弟としていっしょに育った家族です。人間は所詮自然界の動物の一種類。「動物は嫌い」とか、理解できません。



気持ちいいもの。

どろんこ。スライム。練り消し。でかくてやわらかい耳たぶ。赤ちゃんのお尻。包装用のプチプチ。ラベル。携帯の充電用の差込口のゴムのキャップ。髪の毛。田んぼに裸足で入る瞬間。ミリチャのおなか。犬の耳。・・・耳掃除。



音。

放心状態で買い物してるときに突然流れてくる超良い60年代ロック。まな板と包丁の音で起きる朝。夏の長野の蛙の歌。たくさんの草刈機がいっせいに始まって一斉に終わる日曜日の早朝。(そしてその後の匂い。)ノリの良い曲に足が反抗できなくてみんながなんとなく一緒のリズムで歩いてしまう瞬間。誰かの携帯の着信音が自分の一番のお気に入りのアーティストの時。練習に付き合ってくれる犬や猫の美声。弟たちのギターと歌。1年に1度父が母に歌うLove me Tender。地元の木遣り唄。母校の校歌。意外な誰かのやけにうまい口笛。子供たちのオンチな歌い声。オーケストラのチューニング。マルティフォニック。腹の一番奥に響く太鼓の振動。うぐいす張りの校舎。心がこもった拍手の音。薪が燃える音。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・書いてると止まらないのでこの辺でやめよっと!



やりたくてもしばらくできてない事。

乗馬。カヌー。登山。卓球。長旅。姉弟交流。剣道。新しい言葉を覚える事。すごい親切な事。ビッグないたずら。







小さい頃から色々おもしろ珍しい経験をしてきた。


ちゃんと記録に残せばいいのに、日記はここ何年も誕生日に一回書くだけ。「今年こそは日記を書こう」って書いた次のページはすでに次の歳の誕生日で、日々罪悪感が積もるばかり。

夏休みが来ると自動的に時間ができてしまって、始めない理由がない・・・っていうか、手動でやる気を起こしてスタートしてみようと思う。前向きに前向きに。


自己満足で好きな事を好きな風に書こう。(ここ7年間ろくに日本語で文章書いてないので、ここで怠けず書き続けると日本語の練習にもなるかな。)

そのうちここで、いろんな人と留学の体験談や旅の情報交換、音楽に底知れぬ情熱を感じている人たちとマニアな話ができるようになるといいな。

音楽の哲学とか、心理学とか。曲や作曲家の裏話。(それに、どのcleaning paperがどうとうか、リードの薄さが何点何々ミリとか。なんでフレンチホルン奏者はどう楽器を回したらつばが出てくるのかわかるのか、とか。)



とりあえず、自己紹介。




都会生まれで田舎育ち。都会嫌いの田舎もんです。たまに楽しみで都会を訪れるのはすごく楽しいけど、住むのにはきれいな空気と山に囲まれてないとやってられません。



                                                 (田んぼの中の我が家)

どの国に行ってもその国の一番濃いところ、宝は田舎にこそあると思う。

胸を張って長野のかっこいいズーズー弁をしゃべれるようになりたいのに、留学してばっかでなかなかうまくなれません。うまくなれねーずら。(使い方合ってるかな・・・)


とにかく音楽好きです。っていうか好きとか嫌いとかそういう次元じゃなくて、ほんと音楽なしじゃ生きられない。


小さい頃からピアノやってたけど、自分がこんなに音楽にのめり込むとは思ってもなかった。


演奏だけじゃなくて、あらゆるジャンルで生でも録音でも聞くの大好き。常に頭には何か音楽が流れてて、夢にもサントラがある始末(今は教習所の教習ビデオのイラつく曲を頭から消すために三味線音楽とかマイルズをバンバンかけてまっす。)


でもそんな事言いながら今は結構日々のフルート練習サボって、代わりに最近はまった太鼓で手にマメ作ってたり・・・。まあ何かしら音楽に対する意欲はいつもある。




小学2年から6年までピアノは習ったけど、先生が変わったとたん指使いとか曲選びとかうるさくなって、やめた。しばらく音楽から離れてたけど、生や録音のいい音楽に囲まれていたせいか高校で吹奏楽部へ。


父は今でも自分の聞かせてた音楽が1番いい音楽の影響だったから私が音楽に進んだって言ってるけど、毎日ビートルズとかDire Straitsでダンスパーティーしてたらそりゃあまあ嫌でもノリノリになるでしょ。

父の持ってたCDの中でたまにかかった物にJethro Tullがあって、だから始めて耳に残ったフルートはIan Andersonかな。味を占めた音楽が年代が全然違うこんなんだから、学校で音楽の趣味の話できる友達も本当に少なかったな。


で、とにかくそこ(吹奏楽部)でフルートに出会った。フルートを選んだ理由は、持ち運びやすいからと、ただ単にその音に惚れたから。けっこうレベル高くてめちゃくちゃ厳しい吹奏楽部だったけど、本当にいい経験をさせてもらった。指揮もやったしマーチングもやった。これがなかったら今の私はない。





でも勉強はつまらなかった。はっきり言って毎日部活のために学校行ってた様なもんだと思う。どうしても暗記や他人の解釈を読むだけの勉強が楽しくなかった。


すでにインドのインターナショナルスクールに留学していた姉からあっちの授業の話を聞くと、やきもきした。

勉強は楽しいはずだし、将来これじゃあこまるぞ、と思った。だって暗記では何もちゃんと理解できない。覚える事は、理解する事と違う。情報は理解して始めて利用価値があるし、もっと将来役に立つ勉強がしたかった。


何でかしらないけど、小さい頃から将来自分はどでかい事をしてやると決めていた。だから親に与えられたチャンスをつかんで、高校2年の夏、インドへ。

魔力の様な魅力で私を虜にした、摩訶不思議で賑やかで色とりどりで辛くてごちゃごちゃで最高の国・・・インド!





インドでの体験を語りだすと本当に先が長くなるのが分っててすでに書くの挫折しそうだから、それはまた今度じっくり。

でもとにかくインドはすごい。ここでインドの話をいっぱいしていく予定だけど、それはもっとたくさんの人にインドを知ってもらいたいから。インドに留学っていうすばらしい選択肢もあるんだっていう事を伝えたいから。それだけ自分はインドにぞっこん惚れました。


インドの国際学校で3年間濃い経験と勉強をし、卒業後極寒の地カナダへ。





何でカナダかっていうと、カナダ国籍があるとカナダで学費が安くなるから。そうじゃないと国際料金でカナダ人生徒の2倍ちょっとするもんね。最初は高校から音楽始めただけで、将来音楽やるなんて無謀だと思った。インドでもフルートの個人レッスン受けてたわけじゃないし、自分にそんな可能性があるなんて到底思わなかった。

でもそこで出会ったすばらしい音楽の先生たちが、自分が持っていたとも知らなかった力を引き出してくれた。あきらめかけていた音楽に対する情熱にまた火をつけて、自信をつけさせてくれた。


そんな人たちの刺激や、本当にラッキーな事に親の応援もあって、カナダの大学へ。


音楽教育を専攻して、4年間がやっと終わり、こうしてやっと暖かくなってきた長野に戻ってきた。インドもそうだったけど、カナダでも色々運命的な出会いがあった。





1人はフルートの先生。彼女の事は、本当にうまく言葉に表せない。どれだけ私の人生に影響を与えて、尊敬する人か・・・。パフォーマーをして音楽に全てをかけていて、先生として音楽への情熱を伝染病のように振りまいていて、友達としていつもそこにいてくれる最高の人と4年間。

週に一回のレッスンは私の1番の楽しみで、本当にいつも刺激されていた。私が勝手に決めた自分にとって最高にミュージュシャンの定義は、私をもの凄く嫉妬させる人。


ただ演奏するだけで、私に「チックショー!!!どうやったらああなれるんだ!」と思わせる人。


フルート奏者に限らずそういう人はいままで何人もいたけど、私のフルートの先生には本当に闘争心を駆り立てられた。(もちろんいい意味で!)とにかく彼女に会うたび・聞くたび・話すたび、うまくなりたいと思わされた。本当にいろいろ話した。音楽でも人生でも尊敬する先輩。 


プロのパフォーマーとしてではなく、自分なりに音楽をやっていこうと決心が付いたのも彼女のおかげ。




というのも将来の事について迷っているとき、しょっちゅう音に迷いが出た。先生はよくそれに気づいてレッスンを中断して親身に話をしてくれた。


音楽以外のことに気をとられて生きたくなかったけど、自分にこの時代に音楽一本で生きていく程の才能がない事も分っていた。


大学2年のときからフルートの個人レッスンを中学生や高校生に好んで教えていたし、学校のバンドの指揮や、子供たちを教えるのも本当に好きだった。


でも演奏家をあきらめるために先生という仕事を口実に選んだ気がして、自分が嫌で仕方がなかった。

どれだけ無理そうな夢でも、やれる所までやらないで演奏家を諦めて、将来後悔するとどこかで自分が言っていた。でもそこに踏み込む自信がない。


だからといってそんな中途半端な気持ちで先生という大事な大事な職業を汚したくなかった。

自分を信じて導いてくれた先生たちの気持ちを次の世代にも先生として繋いで生きたい、自分にしてもらった事をまだその機会が巡って来ていない子供たちにしてあげたい、とも思った。




卒業リサイタル間近のあるレッスンで、ほとんど先生の助けなしで練習したジャズ系の現代音楽を先生の前で吹いた。本当に自分の解釈を信じて吹くしかないような曲だったから先生に何を言われるかとドキドキした。


ジーっと座ってた先生はゆっくり口を開いて、あなたの先生として誇り高く思うと、今まで以上に褒めてくれた。

そして先生はこう言った。



「幸。この時代、音楽では食べていけない。

ミュージシャンはあふれるほどいるのに仕事が全然足りないの。私は嫌をいうほどすばらしい音楽家たちが仕事がなくて行き場をなくし、結局音楽をあきらめなくちゃいけないのを見てきた。だから私はプロ奏者になるのは相当な場合じゃないと薦めない。


音楽を続けてほしいからこそ、音楽を辞めなくてすむ道に進んでほしい。そういう道はいくらでもある。本当にやりたかったらプロのオーケストラ奏者目指せばいいし、止めない。でもあなたのミュージシャンとしてのタレントはそこにはないと思う。正直プロオケ奏者は向いてないと思う。

バッハやモーツアルトをうまくふける人は世界にいくらでもいる。でも今みたいにこういう現代の曲をあなたの様に表現できる人は少ない。あなたのミュージシャンとしての天性の素質は、音楽に対する情熱から納得の行くまで考えて、理解しようとして、自分なりの解釈して人を動かす新鮮な音楽を作ることだと思う。だから個人個人のユニークな解釈がとても重要な現代音楽のようなジャンルで成功すると思う。

性格的に先生としても成功すると思うし、先生になる事でミュージシャンとして活動できなくなる訳では全然ない。私を見て?とてもいそがしいけど両方やって充実してる。」




ズバッと言ってくれた。本当に今までなんでも正直に話してきた仲なので、「ああ、本当に私のことを思って言ってくれたことなんだ。」とすぐ思った。


少々人間不信な私でも、数人凄く信じている人がいて、彼女はその一人だ。彼女の言ったことに全て流されて将来を決めたわけじゃない。他にも色々な人との出会いや、体験の影響があってたどり着いた決心。


というか、時間がたつたびに、自分でもいろいろ納得する様になってきた。プロになると、欲しい仕事にはオーディションが付いて来る。ただ数分の音楽を基準に誰がより良いミュージシャンか決める。しかも自分の基準じゃなくて他人の。



オケの質とレベルがそれで保たれているのは分っているけど、一生他人に人生でやりたい事をやれるかどうか審査されながら生きるのは嫌だなあと思いだした。

私は自分の好きなように好きな音楽を好きなときに好きなところで好きな観客のために吹きたい。それでいい。


今の自分のレベルだと一生練習室にこもって練習しまくっても、夢の席に座れる可能性は幼稚園のときからそれを目指してる人に比べれば、本当に夢のような話。


喋るの大好き友達大好きの自分に、たくさんの人間と色々な形でかかわるのではなく、自分との戦いで一生生きるのは耐えられないだろうと思う。いつ3日坊主になるかも分かったもんじゃない。


それだったらとりあえず先生もあこがれている職業だし、手に職をつけよう。別に将来の夢1度決めたら変えられないわけじゃないし、その場その場で自分が1番やりたい事を自分の気持ちに嘘をつかずやって行きたいと思う。作曲、フルート、先生、旅、料理、いろいろ一生懸命やっていく次第でございますだ。



というわけで今年の9月から生徒生活最後の年が始まります。(本当にそうだといいけど)



カナダにもう1年、教員大学へ。そこで教育実習などやって、晴れて卒業できれば教員免許をもらえるというわけ。そしたらもう極寒の地はすぐに飛び出てどっか暖かい所へ、就職活動。(一回住めば分るけど、長野県民でもなめられない寒さです。就職活動で気候を重要視する。それほど寒かった・・・。)


世界全部が対称なのでこの景気の悪さにあまり影響されないといいのですが。国際学校をターゲットに音楽の先生をしながら旅をする、そんな一石二鳥な人生をスタートしたいです。(随分楽観的。)南米なんていいなあ・・・。


現地の音楽を片っ端から勉強して、色んなミュージシャンと音楽やりやいなあ。
っていうかこんな余裕ぶっこいてて仕事見つからないとやばいので本格的に頑張ります。



音楽の事中心に自分の人生語ってしまったけど、まあとにかくこんな感じかな。


今は江戸勝でバイトしながら長野の夏を満喫中。

母の家庭料理と愛猫ミリチャのぶよぶよっ腹に感動する毎日です。



さてさて・・・

ちゃんとマメに更新するように頑張ります。どうぞよろしく初心者




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