小沢一郎は説明責任を果たしているか。
報道機関は大騒ぎしていたように思う。
さて、
菅家被告(受刑者というべきなのかもしれません)がDNA鑑定の結果、無罪であることが確実視されているが、
彼をいかにして自白に追い込んだかについて、
DNA鑑定の誤りについて、
DNAの再鑑定を数年間、認めようとしなかったことについて、
私は説明責任が果たされているとは思わない。
小沢一郎を激しく追及する事に反対はしない。
だが、それ以上に無実の人間を犯罪者に仕立て上げ、刑務所に監禁し続けた者達を追及するべきなのではないだろうか。
説明責任を求めるべきではないのか。
野党の政治家が政治資金を正しく記載したかどうかより、はるかに重要な事柄だと思う私の考えは間違っているのだろうか。
多くの人にとって、菅家元受刑者(元服役囚というべきなのかもしれないし、無罪判決獲得見込者というのもいいかもしれない)の身に起こった事は他人事である。
自分が当事者になった時、事の深刻性を痛切に感じるのだろうが、その時は、もうどうにもならない。
彼のように奇跡的に無罪を勝ち取ることは不可能に近い。
無罪を勝ち取ることができなければ、世間から同情すらしてもらえない。
それが嫌な者は、説明責任を求めるべきだと思う。
求めない者は、身に覚えのない事で犯罪者とされても甘んじてそれを受け入れる覚悟があるということであろうから、それは自己責任だということでいいのだろう・・・
菅家さんは不運な方だと思う。
が、絶望的に不運な方ではないと思う。
冤罪被害者の多くは犯罪者として裁かれ、汚名を晴らすことができないまま人生を終えるのだから。