日本のお知り合いの方から、こんなことを耳にした。日本人。

彼のお孫さんは高校生。そのお孫さんの学校での友人が、なんでも自殺されたとのこと。

私、それを聞いて、唖然とした。ああ、なんと勿体ない、。

この若者に限らず、人間誰しも、「ああ、死んでしまいたい」と思う時はあるものである。私にも、あった。

ただ、この「死んでしまいたい」は、厳密に言えば、「生きていたくない」ということである。それも、ある特定の時期に限り、。

この残念なことをしてしまった高校生の場合も、学校で、誰かと折り合いが悪く、それを悔やんでのことらしいが、そんなこと、誰にでもありますよ。

その時、その「誰か」の顔を見るのも嫌だというのならば、極端な話、しばらく休学、または退学したらどうなの? 何も死ぬことなどない。

そうすると、一年遅れることになるが、そんなの別に、、。その間にいつか道は拓けてきますよ。

私の思うところ、若い人というのは、だいたい、「死ぬ」というのがどういうことか、分っていない。

それで、一時の窮状から逃れられると思っているのかもしれないが、果たして、そうであろうか。

人間、死んでしまえば、いいことも悪いことも、わからなくなってしまうではないか。

また、この高校生など、自分が死ぬことによって、誰かに「思い知らせてやろう」というところがあると思うが、自分が死んでしまえば、それすら見届けることができない。

そんなのでいいの?

君たち、そんなに遠くない将来、どんなにいいことが待っているかもしれない。素晴らしい人に出会う、、男性?または女性?、。何かの資格を身につける、。そうすると、自分の世界が大きく広がる、。

ただこういうの、君たちが、努力するとしての話。何もしなかったら何にも出てこない。

そして、これらすべてのことは、もちろん君たちが生きていて初めてできること。そんな時に死んでしまって、どうするの?

およそ、我々の人生、何十年か生きて、その当然の帰結として「死」というものがあるんだろう?

それを、ちょっと生きたくらいで死んでいくって、どう見てもおかしい。そうは思わないかい?

人生って、いいものだよう。実に素晴らしい。

ただ、いろんなところで、少し辛いからって、くじけていてはダメだけどな、。君たちにだって、友達ってあるだろう?それらの人に助けを求めても、いい。とにかく、生き抜いて欲しい、。

切に言う。声高に言う。

ああ、若者よ。君、死に給うことなかれ!!

最後にーー

私、こういう場合に、いつも思うことがある。

この高校生、自分がそんなに悩んでいるのであれば、その悩みを打ち明けられる方が、どなたかおられなかったのか。

親兄弟始め身内がダメなら、学校の先生?、。まあ、クラスメートには言いにくいだろうな。

私、20代後半、まだ日本にいた。いろんなことが重なって、失敗続き。人様の信用を完全に失って、酒ばかり食らっていた。四面楚歌とはまさにこのこと。

その時欲しかったのは、自分の悩みを洗いざらい打ち明けられる人であった。「何かあるのと違うのん?」

だけど、誰もおられなかった。

それで、日本を出た。